温泉街編4.ケンジ裸の地獄を見る
狂宴なので、ただだだ楽しく描きました(笑)
笑ってくれたら本望です!
イーゴリの大胆な行動は、一見無茶苦茶のように見えた。
しかし、自分に期待するミハイルの期待に応えてやったともいえる。
「この世の極楽か。お前はこんな小さな世界で満足なのか?」
王太子は笑うと、自分の外套の肩ひもを外し始めた。
そばへ来た第一騎士団のイワンが、自分の役割とばかりに王太子の黒い外套を受け取る。
腕まくりを始め、ミハイルはイーゴリの挑発にこちらも応える。
ケンジが唖然とする中、ミハイルは自分の着ていた物を他人に脱がせ始めた。
己のことを一人で行うことは、王族の恥である。
他者が手をせわしなく動かし、その役割を行うべきであり、その役割を与えてやっているという姿勢がミハイルに備わっている。
(この人は…)
気負いする気持ちもあったが、ケンジはミハイルを見つめながら痛感する。
(生まれながらの王族だ…。いや、王族としてのふるまいを叩き込まれたのか?全部、人に見せること意識して動いている)
ケンジの長所である、他者を観察する癖がここにきて出てきてしまう。
イーゴリは不敵に笑いながら、そんなケンジの様子をそのままにした。
ケンジは、おそらく自分と近い頭脳…思考回路を持つ。
仕事でそばに置き、様々なことを経験させると、まるで影のように貪欲に知識を吸収した。
そして、同じ経験をした事柄をイーゴリと後に議論すると、面白いくらいにその考えは一致する。
半年間、自分の下で働かせていくうちに「自分の複製となる」と考えるようになった。
生い立ちや性格も異なるくせに。
そして、その洞察力は恐ろしいほどに鋭い。
初めて見て接する王族に対し、ケンジの感覚は研ぎ澄まされている。
ケンジをそばに置くことで、イーゴリは安心して馬鹿を演じられると思えた。
長い髪もイワンに結ばせ、ミハイルは笑みを浮かべながらイーゴリとケンジの間に割ってはいり湯に身を任せた。
不思議と彼の身体は大きく見える。
イーゴリは大柄な戦士であり、強者としての身体を持つ。しかし、ミハイルは一つも見劣りしないほど、他者を圧倒させる雰囲気が消えない。
「殿下ぁ!さすがにございますなぁ!!私のような小さき極楽へ来てくださるとは!!」
笑いながらそばに居た女を数名あてがい、イーゴリは持っていた杯を気さくに王太子に差し出した。
ミハイルは酒と女を手にし、途端に好色な顔をのぞかせた。
慣れた手つきで女の背中に手をまわし、腰まで腕を下ろしてかわいがる。
「ささっ!どうぞ一献!」
にやりとイーゴリにわざと下膳な笑みを浮かべると、渡された杯よりも酒瓶を奪い取った。
「遠慮するな!酒に酔うならこれくらいやれ!」
そのまま喉をならし一気に飲んでいく行動に、その場にいた人間は唖然とした。
しかし、人の腕一本分ほどはあるほどの量を息継ぎ無しに飲み干していく行動。
やがて、傍観していた第二騎士団の騎士たちは手を叩いて熱狂した。
「殿下ーーーー!!いいぞーーー!!」
「すげぇえーー!!あの量を一気飲みした!」
当然のような賛辞を聞きながら、ミハイルは空瓶を水面にたたきつけた。
「ありったけの酒をここへ持ってこい!」
湯がしぶきを上げ、そばに居た女たちの黄色い声と笑い声が華やぐ。
そばに居たイワンが涼しい顔でしぶきを避けたが、その行動の素早さが余計におかしさを誘った。
ミハイルはわざと酔った顔をさらし、イーゴリと同じく場の盛り上げ方に長けていていた。
※
「第二騎士団の騎士ども!!この俺と飲める機会などめったにないぞ!!下賎な野獣が!」
「聞いたかぁ!!王太子殿下の号令だ!酒でもなんでも杯にいれろっっ糞野郎ども!!」
もはや何度目かもわからぬ乾杯の音頭であった。
ケンジはさすがに湯から体を出し、首に冷たいタオルを巻いてうつぶせになっていた。
(も…もう、飲めない)
「ケンジさん。お水どうぞ」
「す、すみません」
盃に水を入れてくれたヴェーラに気づき、思わずサッと半裸の身体を縮ませた。
着ていた書記官の緑の上着もシャツもズボンも温泉でぐちゃぐちゃに濡れ、座敷の縁側に座って絞ると大量の湯を含んでいた。
(一応、替えの物は持ってきたけど…これは再起不能っぽい)
「これ…労災?として新しい制服支給されますかね」
「もはや天災では」
ヴェーラは呆れつつ、ミハイルと共に騎士を煽るイーゴリの姿を見ている。
ケンジは、その狂乱の渦の中心で笑うイーゴリを見つめた。
湯煙の中で光る盃、ぶつかる笑い声。
イーゴリは時に王太子の肩を抱き、馴れ馴れしく笑い、
女の腰を引き寄せては冗談を飛ばす。
この世の快楽をすべて与えられた男――
誰が見ても、そう思うだろう。
だがケンジには分かる。
あれは酔ってなどいない。
その瞳だけが、氷のように醒めている。
王太子が支配する“王”であるなら、
イーゴリは好色で奔放な“野獣の騎士団長”を命がけで演じていた。
笑うたび、己を削りながら。
互いに笑い、盃を交わしながら――
二人の間に、剣よりも鋭い駆け引きが走っていた。
その時、ケンジの濡れた髪にオレグが持ってきたタオルを上から投げてかけた。
「…お疲れさまです」
無表情のまま、灰色の瞳が狼のように何故か野心に満ちて光っている。
少年騎士は、突然着ていた上着を投げ捨てると、そのまま恥ずかしげもなく一気に裸となった。
「って、何やってんだお前ええええーーーー!?」
叫ぶケンジに対してもシカトした。
ヴェーラが目の前の裸に固まるが、戦を挑む男の顔で腰にタオルを一枚だけ巻いてぎゅっと端を結ぶ。
オレグはまだ幼い線の細さが肉体に残っている。
しかし、大人の騎士達に一つも見劣りもしない。鍛え上げられた筋肉の鎧を、16歳で纏わせている。
「イーゴリ様の元へ行きます!あの方が闘っているなら、俺も同じようにしなければ!」
そして駆け出して行くと、縁側で済まして酒を飲むイワンに狙いを定めた。
「行くぞ!!」
「……ーーっ!?」
ラリアットをイワンにぶちかまし、吹っ飛んだ彼と共に温泉へ向かい飛び上がる。
「イーゴリ様ぁーー!」
「おおっ!?オレグ!!来たか!!」
水柱が上がり、遠慮なくふところに飛び込んでくるオレグを受け止めて、イーゴリは大笑いした。
「カオス!!」
ケンジの悲鳴が湯の外まで響く。
温泉の津波が起こり、全ての人間が頭まで浸かる。
投げ込まれたイワンが怒りの形相でオレグに怒鳴り散らした。
「なんなんだっお前は!?」
オレグはイワンの透かし具合にイラついていたが、今はそんなことにかまってなどいられない。
「イーゴリ様!俺も女が抱きたいです!!」
「いいぞ!!さすがだぁ!オレグ!!」
「ほう。なかなか気概のあるやつだ!」
もはや王太子とイーゴリが意気投合し、好色なオレグに目をギラリと光らせた。
「ケンジィィィィー!あとはお前も来いぃぃぃーーーっ!!これから奥の部屋で花の舞を見せてや…ーーー」
「自主規制っコラァァァァーーー!!!」
渾身の力を込めてオケを座敷から投げると、見事に騎士団長の頭を打ち抜いた。
顔を押さえ、イーゴリはクマのように立ち上がった。
「てめぇえええっ!! 人の好意をなんだと思ってんだぁぁぁあーーー!!」
「ぎゃあああああーーー!? せめて何か着てくださいーー!!!」
湯けむりの中、裸のイーゴリがケンジを追いかけ回す。
逃げ惑う書記官の悲鳴と、団長の雄叫びが温泉宿にこだました。
非日常的な“全裸の巨漢に追われる”という悪夢のような光景に、
ケンジはもはや全力で逃げるしかない。
木桶が飛び、湯が弾け、爆笑の渦が巻き起こる。
第二騎士団では、もはやお約束の光景であった。
湯気の向こうでは、腹を抱えて笑う騎士たちが転げ回っている。
夕闇が濃くなり、夜の足音がゆっくりと近づいてくる。
この狂った宴がさらに深く夜へ沈んでいくことを予感しながら、
素面の書記官ふたり――ヴェーラとウラジミールは顔を見合わせ、同時にため息をついた。
「……長い夜になりそうですよ」
「ちょっと…私はこれ以上、裸は見たくないです」
ヴェーラは顔を真っ赤にして視線をそらす。
「賢明な判断ですな」
捕まったケンジの悲鳴と、イーゴリの豪快な笑いは、月明かりの湯けむりに溶けていったのだった。
オレグが元気に飛び込みこみたくて、ずっとウズウズしていたので。
書けて本望でした(笑)
次回はケンジがこの地獄からぬけだし、新たな展開が繰り広げられる予定です。




