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女神の護符  作者: のはな
第三章 温泉街編
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温泉外編 1 ようこそ!欲望と癒しの街へ…

温泉街編、本編開幕です。


タイトル通りとなります(笑)

年の瀬の冬。


第一騎士団長アレクサンドル・モーリャの元に、信じがたい報せが届いた。


冷徹な面持ちのまま、彼は王宮の白い廊を駆ける。

磨かれた大理石に映る影は、焦燥で揺れていた。


呼ばれた先は王太子ミハイルの私室。


扉の奥からは怒号と悲鳴が混じる声が漏れていた。


「離せ、触るなッ!」


視界に飛び込んだのは、数名の騎士に押さえつけられた女騎士。


長い赤髪は乱れ、鋭い眼で必死に抵抗している。

ナターリヤ――彼の妹だった。


アレクサンドルは狼狽を悟られないように、冷たく上から見下ろす。


彼女は兄の姿を見て、安堵と助けを求める目を向ける。


それだけで彼は理解した。行動は言葉より速い。


「離せ」


二人の部下に命を下すと、拘束していた騎士たちは一瞬たじろいだ。



「勝手なことをするな」



と…背後から低く響く声。


振り返ると、王太子がそこにいた。


頬は赤く腫れ、金髪は乱れている。


部屋は荒れている──絹の寝台は乱れ、酒瓶が転がり、上衣のボタンは全て外れていた。


床に残る女の指の跡が、事の顛末を物語る。


「どうしてくれる?」


と氷嚢を落として問いかける王太子。


彼の表情は笑いを含み、怒りと愉悦が混ざる。


ミハイルの言葉に苛立ち、しかし言葉はとうてい及ばない何かがその瞳にある。


「ナターリヤを監獄へ収監しろ。俺の管理下でしか生きられぬようにしてやる」


「殿下…お許しを」


アレクサンドルは静かに、しかし確固として返す。



「いや、赦さぬ」



王太子の口元に浮かぶのは、憎悪にも似た執着だった。

黙してこちらを毅然と見つめる兄妹。


ミハイルは、百年前の英雄の再来と言われ、常に感情を隠すアレクサンドルに激情を焚き付けた。


「俺に逆らう気か…?答えろ、アレクサンドル!!!」




今から百年近く前――


王国と女王に忠誠を誓ったショウ・サイジョウは、名を捨てた。


授かったのは爵位と、東を意味する新しい名――ヴォストーク。


遠い異国から来た男が、王国の地に根を下ろした証だった。


以後、ヴォストーク家は王家に仕える騎士の家系として繁栄する。


彼が築いた温泉街は異国の景色と王国の誇りが交わる場所となり、東の血は百年を経ていまもレオニードに流れている。


最強の騎士、「極北の獅子」レオニード・ヴォストーク。


湯煙の向こうの古い祠には、彼の祖となる「東の男」が静かに民を見守っているという。




大地の熱を滾らせ、湯気の立ち込めるその街へ王国の正規軍…


ーー第二騎士団が現れたのは昼過ぎの事であった。


国境近くの小競り合いは日常的とはいえ、勝敗はものの小一時間ほどで決まった。


「深追いするな!森へ誘い込むのがヤツらのやり口だ!」


イーゴリは市街戦も難なくこなし、温泉街を騎士たちに包囲させている。


血を流させず、まるで膿を吐き出させるように蛮族の戦士たちを一斉に捕縛した。


騎士達は馬で駆け、逃げていく蛮族を森へ戻した。


イーゴリの殺すなという命令は、甘いようにも思えた。


しかし、市街での殺傷ほど嫌われるものはない。


単なる掃除。


そう称した団長の一言に、先頭で駆けるオレグは森へと逃げおおせた蛮族を見送る。


軍馬の荒い鼻息も収まる前に、次々と他の膿を見つけて吐き出さるためきびつを返す。


そうして、あっという間に全て簡単に片付けてしまった。



「いやぁーーご苦労ご苦労!!みんな、疲れたなぁーーー!」


任務完了!!とでも言いたげに、イーゴリはわざとらしい笑顔で腕を組む。


その笑顔を横目に、ケンジは黙々と記録をつけていた。


戦歴、捕縛数、戦闘時間……事務的な数字を埋めながら、


(……“団長の三文芝居”って項目があったら完璧なのにな)


と、心の中で毒を吐く。


テントの外では、団員たちが戦勝ムードで浮かれ始めていた。


これから訪れる市長からの賛辞を、今か今かと待ちわびている。


「…団長。こんな回りくどいことしなくても、さっさと宿に行けばよくありませんか?」


ケンジが呆れたように言うと、

イーゴリは肩をピクリと揺らし、顔だけで笑った。


「黙れ。接待か自腹かが賭かってるんだよ……っ自腹は、俺の給料が一カ月飛ぶ!!!」


ギラリと光る目。

もはや戦場より恐い。


ケンジが思わず目を逸らしたその横で、ヴェーラが小さく呟いた。


「……破産すればいいのに」


騎士達150人分の宴会と宿泊代金を払うつもりなのは偉いが、それを市長に接待として奢ってもらう算段のようだ。


恐ろしい金額のせいなのか、ハァハァと肩が荒い息で揺れていた。



「失礼仕ります。団長、お待ちかねですぞ」


涼やかな声が、テントの入り口から響いた。

幕を押し開けて現れたのは、上級書記官ウラジミール。


四十を越えた事務方の頂点であり、第二騎士団所属の筆頭書記官にして、王宮にも出入りするほどの博識な男だった。


白髪の混じる短い髪を揺らし、いつもの冷静な笑みを浮かべている。


その後ろから、温泉街の市長である東洋人の老人が姿を現した。


イーゴリと対面した瞬間、街を覆っていた湯煙よりも濃い“政治の匂い”が漂った。



「遅くなり大変申し訳ごさいません。市長のユウジロウ・クサツでございます」


「こちらこそ、わざわざ出向いていただき申し訳ない。第二騎士団の団長、イーゴリ・メドヴェージェフだ。無事を確認できて安心致しました」


イーゴリが背の低く細い市長とうやうやしく握手する中、ケンジは市長の姿に懐かしい既視感を覚えた。


(……着物だ)


懐かしい故郷の民族衣装に、思わず魅入る。

ケンジの脳裏に、海を越えたその先に残した父や母、幼い兄妹の顔が浮かぶ。


青々とし広がる田んぼと煩いほどの蝉や虫の声。

泥にまみれて大地を耕す貧しい東洋の暮らしが、匂いとなって押し寄せる。



しかし、ケンジの家族が着るボロよりも市長の着物は絹で仕立てた上質な物だ。


紺色一色で帯まで合わせ、品格が漂っている。


イーゴリは当たり障りのない会話で市長を気遣いつつ、接待を引き出そうとしていた。



「ーーーっなぬ!?ここの温泉には混浴があり、裸が許されているのですかっっ!?」


前のめりになり、団長は歓喜で震え出した。


事前のリサーチでとっくに知っているくせに、バカバカしいほど大袈裟にこめかみを手で押さえて目眩のジェスチャーをしている。


王都では風紀の乱れを抑えるため、公の場で男女の混浴は条例で取り締まれている。


また、殆どの温泉施設は基本的に水着着用。

温泉も浸かるよりは飲料し、民間療法の医療施設が主流であった。


娯楽性の高い東洋の温泉文化に、イーゴリは沸き立っている。


「ぜひ、第二騎士団の皆様に『温泉街』を堪能していただきたい!酒も女も至高の温泉も皆様を癒しますぞ!!」


勝利の誘い文句に、イーゴリと外で待つ騎士団員全員が雄たけびを上げた。








さてさて、次回からは温泉街でめくるめくる


酒池肉林へ。


冒頭の王太子も出てくる予定です

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