11.地獄のレストラン2(父の野心)
運ばれてきたメインデッシュの魚の料理は、食用の花が散りばめられた豪勢な中に繊細な香りを放つ。
本日の食事会はおそらく母が予約したのだろう。
前回の食事会は父の趣味が色濃く出たディナーだった。このような繊細さはない。
豪奢だが形ばかりよく、口の中にいれると鉛を流し込むようだった。
イーゴリはソースを鮃に丁寧に撫でつけ、口に運んだ。
香りは繊細で、舌に広がるはずの味が、どこか遠かった。
普段の大味で大衆的な味とは、一線を画した香り。
しかし、騎士団の仲間と味わう温かさとは逆だった。
「…ええ。美味しいですね」
母の為に感想に同調した。
父の好みとは違うため、隣の男は無言で魚を切っては次々に放り込んでいる。
第一騎士団の幹部にまで登りつめたが、基本的には戦場で己の滾る血の衝動に身を任せてきた男だ。
優雅さや繊細さより、わかりやすい物を好む。
鮃の味より、血肉の滴る腹にたまる食事。
智識よりも、獰猛な血に飢えた武功である。
男の豪胆さは、外見にも色濃くでている。
父は、褐色のくせ毛を無造作にかき上げて後ろに流しまるでたてがみの様である。
金色の瞳は、他者の弱点を確かめる刃だ。
年齢を感じさせない、鍛え抜かれた大柄で筋肉質な身体は、漲る男臭さを隠しきれない。
イーゴリは、14歳で父とは一度決別し2年前の21歳で再会するなり、自分がいかに父の血を色濃く継いでいるか痛感した。
二人並ぶと、まるで時の流れを表現しているかのように似ていた。
華奢でひ弱だった少年は、この世で最も嫌悪している男と瓜二つの姿で、両親の前に姿を現した。
華麗なる変身と呼ぶのは、あまりに夢想的な表現か。
捨てたはずの息子が、王都で最も格式高い第二騎士団の団長となって戻ってきたのだ。
父は奇跡にでも触れたかのように歓喜した。
※
「ふん…なんとも腹にたまらんメインだな。追加していいか?」
予想通り、父は空気も読まずにウェイターにメニューを取ってこさせると、すぐに肉を注文した。
足りないといえばそうだが、イーゴリは後で適当に街で何か買えば良いと思い、それには同調しない。
謝る母に対して「私は満足しました」とフォローを欠かせなかった。
再会して2年も経てば、自然と父を持ち上げすぎに自分のペースで好きなように話す余裕もでてくる。
父のことは嫌いだが、母のことは憎からず思っている部分はある。
学問はイーゴリの才能と喜び、騎士の養成学校へ入るまでは好きなようにさせてくれていたのだ。
子どもの頃に学ぶことの喜びや、知識を深めていく事の快感…
それを、余すことなく味わい切れた経験。
そこには感謝している。
「ワインは?」
父は矢継ぎ早に息子の空になったグラスに目をやり、メニューの追加を誘ってきた。
「ええ、いただきます」
「そうしろ。お前は今夜俺に付き合え」
食事会以上の拘束を突然向けられ、イーゴリはあえて特に返答しなかった。
本音で言えば、即断っておきたい。しかし、無下にすると後々面倒事になるのは目に見えていた。
ソムリエから注がれたワインを眺め、イーゴリは思案する。
無言の息子に対し、父は特に何も考えていないのかすぐに別の話題を振ってきた。
「この間の模擬戦…あれは見事だった。お前の話題が王宮内でも時折聞こえてくるほどだ」
父好みの話題に思わず腹の中で苦笑する。
別に褒められたわけではない。
単に父の自尊心が息子の活躍で満たされた…ということだけの話である。
「光栄です。敗戦したのに、お優しい」
第一騎士団の団長で、イーゴリとの模擬戦で勝利を収めたアレクサンドルの血筋は、おそらくこの国で最も高貴な名門である。
その男に一矢報いるような激戦を繰り広げ
、観衆を魅了し続けたイーゴリの手腕は確かに記憶に残るものだった。
父譲りの金色の瞳が視線を合わせ、注がれたワインを少し口に含み薄く笑っている。
飄々としたようにも見える息子の仕草。
人を食う豪胆さは、模擬戦でも魅せた顔だ。
父はその食えない態度を喜び、豪胆に声を上げて笑った。
名門の「英雄の一族」と肩を並べる自分そっくりの息子。
これ以上にない、承認欲求の象徴だった。
父の笑い声が脳をざらつかせながら、流れていく。
イーゴリは「アレクサンドルは堅物ゆえ」と続けた。
「第一騎士団にはない我々の胆力が次は勝たせでしょう。父上にも、そのような経験が?」
「ああ、あるぞ!俺も第一だったが、あそこは形式にこだわりすぎるんだ。何でも様式美や、格式…っ」
父は鬱憤を吐き出しながら、昂奮してまくし立てていた。
イーゴリは笑いながら同調したが、ほとんど何を言っているのかも聞き取らず笑う。
乗せれば楽な男であると、最近学んだ。
母も同じような気持ちなのか、笑い合う親子を見つめている。いや、仲良くできていると思って安堵しているのか。
こんな事で歓び、摩擦を生まないでいるなら幾らでも父のお守りはしてやる。
「ーーー本当だ!お前の名は、王太子も気にしているという噂さえある!」
高揚した顔で父が不意に聴き流すにしては、余りに恐ろしい一言を吐いた。
王族の最も序列の高い地位に居る人物の名に、イーゴリはほんの一瞬顔をピクリと引きつらせて固まる。
だが、それは気づかれない程度に微かなものだった。
(王太子…ーー?)
第二騎士団の団長として、王宮に出入りする身ではある。
しかし、王宮付きの警護が主な任務でもある第一騎士団に比べれば、その結びつきは薄い。
団長に任命された時、一度だけ国王と共に王座の右に座していたミハイル王太子を見たことはある。
淡い金髪が流れるような曲線を引き、肩で止まる。
王族にしては冷たすぎる目が、イーゴリを値踏みするように見下ろしていた。
洗練された威厳と品を伴い式典の制服が、恐ろしいほどに似合う。
完璧な美丈夫の王太子の姿は、その冷たい表情を逆に際立たせて違和感を浮かび上がらせている。
一目見た時から、イーゴリは国王よりも彼の冷たさに体を留められた。
王太子への静かな警戒はその時から、芽生えている。
※
「近く、お前がミハイル王太子に召し抱えられるかもしれんぞ。いや、これは中央騎士局から確かな筋だ」
「まさか」
イーゴリはにべもなく返答したが、父のいる部署は王宮内にある。
王宮を外側から見る立場の第二騎士団より、王族の動きには敏感である。
簡単に切り捨てるにしては、恐ろしい情報だった。
微笑んだイーゴリは、父の目に野心が渦巻き輝くのを見る。
爵位をもらい、息子を第二騎士団の団長とさせることができたのは、自分の手柄のように思う男だ。
「身辺整理をしておくがいい」
父の声は、ここが豪奢なレストランであることを忘れらせるほど、冷たくイーゴリを刺した。
第一騎士団の団長へと登り詰められなかった男は、それでも強かに王宮の懐に潜り込み、権力の中枢で機会をうかがっていたのだ。
肩に回された腕に力を込められ、父の声が耳に落ちた。
「まだあの罪人の娘の保護者気取りか……貴様を破滅させるぞ」
その言葉と共に、ふとイーゴリの前に娘の顔が射した。
見えない手で頭を割られたような鈍い痛みが、胸の奥から冷たく波打つ。
脳が静まる間もなく、父の声がさらに重ねて落ちた。
──捨てろ。
それは、ヴェーラのことだった。
イーゴリとヴェーラの過去はまだ隠している部分があります。
でも、王太子との絡みが、今後顕著になるようなことが書けて満足でした
イーゴリのお父さんの身長はイーゴリよりちょっと低いくらいでほぼ同じです。
イーゴリは父のくせ毛は遺伝せず、髪色だけが似ました。
イーゴリは一人っ子。
人数の兄弟の長男っぽい感じがしますが、マイペースっぽさは書いてて一人っ子で良かったと思っています。




