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女神の護符  作者: のはな
第二章
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9.イーゴリの過去


イーゴリの生まれたメドヴェージェフ家は、元々文官から名を挙げた一族だった。

王宮に出入りし始めたのは、ごく最近で半世紀ほどか。


祖父はひどく神経質な男だったが、細かなことに気がつく者で、始めに仕えた公爵家の当主から城の事をほとんど任される者となった。


そこから王宮へと引き抜かれたようだが、詳しいことはよく知らない。


イーゴリが物心つく頃には、祖父はすでに亡くなっていたし、父は騎士として活躍しその働きによって爵位を賜っていた。


父の生き方は、祖父を否定するかのように武功を渇望し、血と争いを好む騎士として歩む。


成り上がった父は、王都にお世辞とも大きいとは言えないが、贅の限りを尽くした屋敷を構えた。

そして、そこで跡取りのイーゴリを溺愛して育てた。


欲しいと思ったものはなんでも手に入り、やりたいと願ったことは全て叶えられた。


しかし、それも10代に差し掛かった辺りから、父の態度が段々と変わっていった。


イーゴリは、本や学ぶことが好きだった。


祖父ゆずりの並外れた頭の回転の良さと、

知的好奇心を併せ持つ子供であった。


第一騎士団に所属し、エリート騎士団の幹部にまで登りつめた父は、武芸に全く興味の持たない息子に苛立ちを隠せなくなっていった。


父のキャリアは、現在のイーゴリから言わせれば少し中途半端だ。


第一騎士の幹部にまで登りつめ、爵位まで賜った一人だが、優秀な騎士ばかりいるその世界では数年後には完全に埋もれてしまった。


団長候補からも外れ、やがて戦力外通告通告を受けて第一線からは外された。


父の夢は戦場を駆け、血のたぎる世界を己の生きる世界とし、誇りに思い剣を振るっていた。


だからだろう。

その夢を、知の世界へ向けていたのイーゴリに、無理やり継がせようとした。



13の時、イーゴリは大学へ飛び級で入学しようとしていたが、父はこう言った。



『お前は俺のように騎士にさせる』



それまで与えられていた権利は、全て取り上げられた。



与えられたのは、血の味を知った父の剣だった。



剣を渡されたその日を境に、イーゴリの未来は白紙にされた。


大学の入学願書も、母がこっそり出してくれていた学校の推薦書も、すべて破り捨てられた。


代わりに父が差し出したのは、王都の騎士養成学校の入学許可証だった。


十三歳。

イーゴリは、エリートの子弟や貴族の息子たちが集う寄宿学校へと送られた。


王国でも最も名のあるその学院は、剣を握る者たちの登竜門――

だが、イーゴリにとってはただの牢獄にすぎなかった。


初日から、実技訓練は地獄だった。

剣を握る腕は力不足で、反射も鈍く、馬の扱いも下手。


打たれ、転び、何度も地面を舐めた。

教師には叱責され、同期には嘲笑された。


一方で、座学だけは誰にも真似できなかった。

戦術史、地理、補給路の設計、兵站の理論――

授業で質問されれば、即座に正答を返した。


書物を読めば一度で記憶し、図面を見れば全体を把握した。


その異様なまでの理解力から、教師たちは“神童”と呼んだ。


だが、それが彼をさらに孤立させた。


「剣も振れねぇくせに」

「頭だけの学者様が、何しに来たんだ」


殴る、蹴る、突き飛ばされる。

時には、寝具に泥を塗られた夜もあった。

イーゴリは黙ってそれを受けた。


抵抗しても、勝てないことを知っていた。


(俺は……何をしてるんだろうな)


薄暗い寮の部屋で、夜ごと手のひらを見つめる。

傷だらけの掌の中に、あの日渡された剣の感触が残っている気がした。


それでも、完全には折れなかった。

彼の中にひとつだけ、静かな灯があった。


――学ぶことを、やめなかった。



学院には、彼と同じ年頃ながら、まるで別の世界に立つ者たちがいた。


ひとりは第一騎士団の次期候補、アレクサンドル・モーリャ。


金糸の髪に澄んだ青い瞳を持ち、剣を握る姿はまるで光の化身のようだった。


その冷静な思考と優雅な動きに、誰も逆らえない。


もうひとりは、“極北の獅子”と呼ばれることになる少年――レオニード・ヴォストーク。


普段は静かだが、戦の場では獣と化し、

鉾を振るえば一撃で相手を大地に叩き伏せる。

馬を駆れば盾の列すら打ち砕く。


彼の前では、誰もが赤子のように無力だった。


イーゴリにとって、この二人は異世界の存在だった。

それでも彼らは、いじめの現場でイーゴリをかばった。

レオニードは寡黙に立ちはだかり、

アレクサンドルは淡々と理屈で相手を封じた。


彼らは、イーゴリにとって初めての“友”だったのかもしれない。

そして彼は、羨望と悔しさとをないまぜにしながら、二人の背を見つめた。


惨めな学生時代だった。

何故、父は好きな道を歩ませてくれなかったのか。


怒りとも悲しみともつかぬ思いに満たされながら、イーゴリは十四歳で学院を卒業した。


頭脳だけでは、どの騎士団も彼を欲さなかった。


――イーゴリ・メドヴェージェフの人生は、十四の春にいったん終わりを迎える。


彼は騎士として、不完全だった。


だがこの不完全さこそが、

のちに王国を動かす男の、最初の火種だった。



地獄の食事会の前にちょっと過去をば…



一章の模擬線でイーゴリとレオニードの対決をかき、そこで少しだけイーゴリの過去を書きましたが、騎士になる前の全体像までは明かしませんでした。


ここでようやく…といった感じです。

次回は本当に食事会の予定です(笑)

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