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女神の護符  作者: のはな
第二章
23/83

7.ケンジと娼館と、誓い



湯気立ちこめる大浴場。

両腕に女の子を抱え、湯船に豪快に腰を下ろしたイーゴリは、端で縮こまるケンジを見やって笑った。


「おいケンジ! こっちへ来いよ!お前も混ざれ!」

「混ざ…!?」



イーゴリはまるで王さまのように胸を張り、 片方の腕で女の子の肩を抱き寄せ、反対の手で頬を撫でていた。

きゃっきゃと娼館の女の子に笑う声に囲まれ、イーゴリはご機嫌だ。



ケンジは悲鳴を上げ、この乱戦状態に「無理です!!」とさけんだ。




「言いましたよね!?お風呂に入るだけだって!!」


「のこのこついてきて、今更もったいぶんなよ。お前ももうちょっとオレグみたいになぁ…」



受け付けで前金をポンと投げつけ、さっさと奥の部屋へ消えていった少年騎士を思い出した。


オレグは16歳にもかかわらず、すでに騎士として確立しているため

『俺は、大人です。合法ですから』と、シレっと言ってケンジを見やっていた。


「ビビってねぇで、抱けよ」と言わんばかりの顔を思い出し、ぐわっと湧き出るように顔が赤くなった。



(こ…こいつらの息抜き、狂ってる!!行きたいとろがあるって言われてここまで来た俺も馬鹿だけど!!)


ケンジは端っこで小さくうずくまり、湯に浸かって落ち着こうとする。


ふと視線を上げると、イーゴリの胸元で光る女神の護符が目に入り、身体中の戦いの傷跡も目に入った。


堂々と何にも臆することなく裸体をさらし、ただ入浴しているだけだというのに。 イーゴリは、人を惹きつける魅力にあふれた男だった。



(……強引だし、女好きだし、怖い……でも…戦士って感じで、かっこいいからなぁ…)



そのときイーゴリがふと顔を覗き込み、にやりと笑った。


「はっはっはっ。ケンジは幼児体型好きだからな! ヴェーラにでも来てもらうか?」


「え…えええええーー!?」


(それってありなのか!?)


思わず期待するケンジ。

不埒だが、とても楽しみにここで待ってしまうかもしれない!

と、ケンジの身体の変化を湯船で確認し、イ ゴリは笑顔を崩さず、低く囁くように言った。


「…冗談だが?」


その瞬間、ケンジの顔はさらに蒼ざめ、肩で小さく震える。 何故かとても怒られた気がした。イーゴリが言った冗談なのに…。


女の子たちはイーゴリに絡みついて笑い、湯気に包まれた大浴場は賑やかだった。




ケンジは入浴を終え、真っ赤な顔で控室に戻った。 ふと、浴室の隣にある休憩部屋へ、イーゴリが女の子と消えていったのを思い出す。


(あ…あの人は、ほんとうに…)


ドスケベすぎる生き様に、ケンジは思わず震えた。 あそこまで本能の赴くままに生きていけたら、どんなに楽しいだろう…。


控室に着くと、ヴェーラの姿がないことに気づく。


「あれ…?」


すると、休憩部屋から甘い声が響き、ケンジは絶叫に近い悲鳴を上げた。


(や…やりやがってえええーー!!)


あまりのことに絶句し、赤面する。


こんなところにヴェーラ一人を待たせるイーゴリの神経が信じられなかった。


一方、ヴェーラは控室横のバルコニーにいた。


高台にあり、夕焼けの海と街が一望できる。

無表情ながらも、肩まで切り揃えた髪が風に舞い、輝いている。

目が少し悲しそうに見えたが、ケンジは思わず見惚れた。

先ほど入浴に彼女がいたらという想像を思い出し、下を向く。


「あの…」


声を掛けるとヴィーラは「おかえりなさい」と涼やかな声でいった。


強引にとはいえ、結局は団長と共に入浴してしまったため、大変恥ずかしかった。


「すみません…大変申し訳ない思いでいっぱいです…ほんと…」


ヴィーラは慣れているのか気にしていないことを告げ、また夕日に目を向けている。

目に入った絶景に思わずケンジは歓声をあげた。


「この国に初めて来た時も思いましたけど、王都は綺麗な街ですね!それに、街も空も全部オレンジで…」


ケンジの声に、ヴェーラはどこか嬉しそうに頬を緩ませた。

夕焼けに染まるヴェーラの顔は美しい。 ケンジの動悸は早まるばかりで、赤面がこの夕焼けでバレないことをひそかに感謝する。


「…ここから見ると、故郷にちょっと似てます」

「故郷…?」

「南部の港町。何もなかったですが、凄くいいところでした。気候もよくて、海で泳いだり、牧場でのんびりしたり」


珍しく饒舌になり、ヴィーラの目が輝いていた。

その話を聞き、イーゴリが言っていた港町の話を思い出す。


『第七騎士団に初めは配属されたな!何部の港町だが、のんびりしてていいぞ。あそこで俺は鍛えられた』


「へー…団長と昔はそこに?」


そのとき、休憩部屋からイーゴリと女の子の声が騒がしく聞こえてくる。


ケンジは声にならない悲鳴を上げる。 こんなところで、ヴィーラがいるにも関わらず、イーゴリはおかまいなしだ。


ケンジは思わず視線を下に落とし、顔が熱くなる。

ヴィーラは風に髪をなびかせながら、何事もないかのように海を眺めている。

その落ち着きぶりに、ケンジは自分の慌てふためきっぷりとのギャップにさらに赤面した。


「あの…いつもこんな風に待ってるんですか?」

「え?」

「いや、だって…いくら親せき同士で一緒に住んでるからって。お…女の子がいるのに、遠慮もせず楽しんで…ちょっと団長おかしいですよ」


思わず言ってしまうと、めずらしくきょとんとした顔のヴェーラがあった。

夕焼けは少しずつ色を変え、水平線に沈みながら夜の紫を描き始める。


「…そうですよね。私もそう思います」


ヴェーラはどこか寂しそうに言った。


「なんで私は…ここにいるんでしょうか。必要ないのに」


その言葉に、ケンジは不思議な違和感をおぼえた。

必要ない…というのは、今この場にということだろうか?

ヴェーラの言葉の裏に、存在自体を否定するような意味を持たせている気がしたのだ。


「あ…あの」


ケンジはふと勇気を出して言う。

さみしい顔をしたヴェーラが唯一顔をほこばせた話題を思い出す。


「一緒に貴方の故郷に僕も行ってみたいです」


ヴェーラはケンジの純粋な瞳に見つめられ、驚いたように目を開いた。



「そんないいところなら見てみたいです。いつか一緒に行っていろいろ教えてください!見てみたい!」



思わず熱のこもった大声になり、はたとわれに返ったケンジは固まったままのヴィーラの瞳を見て突然恥ずかしさがこみ上げた。


(…しまった!)


「あ…いやこれはそのべつに深い意味とかではなくてその…!」


混乱し言葉が勝手に羅列してでてく。


穴があったら入りたいということわざがあるが、まさに今がこれだ。

必死に言い訳を流す彼は、不意にヴェーラが優しく吹き出したのを聞いた。


「…ふふ」


顔がほころび、花のようにヴィーラは笑顔を咲かせた。

柔らかな唇が上がり、頬が紅潮してこっちをみつめてくる。


「うん。…いいですよ」


初めて見せた可愛い笑顔に、ケンジは激しく赤面し、胸の高鳴りを抑えられなかった。


初めて見たときから思っていた。


(かわいい…世界一だ)


もっと見たい。

もっと笑わせたい。


もっと、彼女を知りたい…と、切望した。


心臓が高鳴り、体が震える。

ケンジは笑ったヴェーラのそばへ近づいた。


ケンジの身長はけっして高い方ではなかったが、華奢で小柄なヴェーラと比べると上から見下ろし覆い隠せるほど体格差がある。


冬の陽が、彼女の頬を透かしているようだった。

その光ごと、腕の中に閉じ込めてしまいたかった。



(…抱きしめたい…!)


伸ばした腕は震え、ケンジは微笑むヴェーラにそう思っていた。


が…



「…?ケンジ?」


首をひねるヴェーラの前で、その勇気は一瞬にして砕け散り、代わりに赤面したまま右手の小指を出した。


「あ…あの。指切り…していただけませんか?」


「指きり?」


「えっと…俺の国で、約束を守る時に使うもので…こう、小指と小指を交差させて誓いを立てるんです」


ヴェーラは首をかしげたまま、言われた通りに右手の小指を立てて差し出した。

夕日に照らされた白く小さな指は、ケンジよりもずっと繊細で、今にも溶けてしまいそうだった。


ゆっくりと小指同士を絡めると、冷たい指先に温もりが伝わる。

ただそれだけのことなのに、なぜか息が詰まるほど艶やかに思えた。


おなじみの歌を、王国の言葉に直して歌うべきか。

けれど、口をついて出たのは――懐かしい母国の旋律だった。



そのとき、何事もなかったかのようにイーゴリが部屋から上機嫌で出てきた。

廊下に差し込む橙の光の中で、ケンジとヴェーラが指を絡め、静かな歌声が流れている。

イーゴリは足を止め、真顔のまましばらく二人を見つめた。


目線だけでその距離と空気を測り、心の奥でいくつもの感情が交錯する。

けれど、唇に浮かんだのはいつもの軽い笑みだった。


――まるで、それ以外の表情を忘れてしまったかのように。



歌い終わったケンジのもとへ、「よう」と団長はいつもの野太い声で声をかけた。


「へ…?あ…っ団…!?」


見られていた――指を絡めたあの誓い。

ケンジはかつてないほどに赤面し、慌ててヴェーラと距離を取って後ずさる。


その仕草が可笑しくて、イーゴリは思わず喉の奥で笑った。


「今の、お前の国の誓いだな? 指切りげんまん、だ」


一拍おいて、イーゴリは唇の端を上げる。


「……かわいい奴め」


イーゴリは短く笑い、赤面したままのケンジを余裕顔で見やった。


そのとき――胸元で、微かに鎖の音が鳴った。


女神の護符が、夕日の光を受けて淡くきらめく。


かつて彼も、ひとりの少女に誓ったことがある。

この国を、そして――彼女を護ると。


(……誓いとは、甘くて、残酷なものだ)


抱けない女を愛している。

抱く女に、愛はない。

それでも、この護符だけは――外せなかった。


イーゴリは誰にも聞こえぬほど小さく笑い、

再び陽に焼けた背を翻した。


その時、ふとヴェーラと目が合った。


彼女は何も言わなかったが、その目がイーゴリと首に下げた彼の護符を見つめる。


「…先に、出ています」

小走りにその場を後にした彼女の首にも下る、お揃いの女神の護符が走る音に合わせて共鳴した。


イーゴリはその背を見送りながら、

一瞬だけ、息を呑んだ。

もう交わることのない、イーゴリとヴェーラの誓いの約束を――ケンジはまだ、知らない。

あとがきを書くことにしました。


この話はかなり前から書き終えていたのですが、模擬戦諸々を途中で書くことになり

ようやく今回蔵出しとなりました(笑)


初期の頃のイーゴリ達の性格のままだったので、ちょっと改変したところしっくり来た感じになりました。





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