1.イーゴリの日常
甘くて柔らかな声が頭を溶かし、目の前の人をただ夢中で愛した。
イーゴリは慣れた手つきで身体を引き寄せ、脈打つ首筋に唇を這わせる。
「あ、あ…!騎士様ぁ…!」
甘くとろけるような悲鳴に似た声が部屋に響き、軽く持ち上がった体が何度ものけぞり、彼の首へ縋りつく。
「……かわいいな、愛しい君。もっとしがみつけよ」
囁くとさらに深く結ばれ、ただ己の欲望のままに動いた。
そのたび泣き声を上げる姿に自制は効かず、獣のように貪る。
「あ…ひどい。…っ壊れちゃう」
煽るような声に、思わず耳元で囁き返した。
「ベッドが? お前が?」
「ば…かぁ!」
笑いながら薄い耳を噛み、先に彼女を果てさせるのが男の務めだと、律儀にリズムを速めた。
やがて全てを終えると、イーゴリはあっけらかんとした顔でシャワーを浴びる。
事後の汗を洗い流す快感は、まるでスポーツの後の爽快さに似ていた。
「いやぁ、素晴らしかったな! 愛しい君!」
笑顔で裸のまま戻ると、ベッドに横たわる女の子が気だるそうに手を伸ばし、首へ絡みつく。
「もー…一緒にシャワー浴びたかった!」
「わりぃ。汗臭いって嫌われると思ってな?」
「でもいっしょにお風呂で楽しめるじゃん」
「ははは! 俺もう時間無いけど、もう一回チャレンジか!?」
快活に笑う彼の胸元へ、女の指が滑り降りる。 古びた銀の護符に触れ、くすぐるように撫でた。
「これって南部の女神の護符でしょ? かわいい〜! 私、あっちの出身なんだけど、これ女の子が持つもんじゃないの?」
メダイをはじかせると、小さな音を立てて胸で揺れた。
イーゴリの顔が一瞬だけ強張る。
だが笑みは崩れない。
「悪い…ちょっと」
「ねぇ、これ欲しいなぁ〜」
上目遣いでおねだりされ、彼はにこりと笑った。 「そうだなぁ……」
──そして、低く声を落とした。
「触んじゃねぇよ」
貼り付けた笑顔のまま、冷たい冬の風のような声が落ちてくる。
女の子は震え、今聞いた声がどこから発せられたのか分からず、思わず天井を見上げた。
笑顔はすぐに剥がれ、氷のような色で睨みつける瞳に変わる。
次の瞬間、女の手を乱暴に払いのけ、シャツを乱暴に掴んで腕を通す。
機械のように着衣を整え、上等な青の上着を羽織ると、振り返りもせず出口へ向かう。
背中に冷たい汗が伝い、女は声を上げた。
「ちょ、ちょっと!」
必死で腕を掴むと、イーゴリは再び笑顔に戻り、軽い調子で言った。
「ああ、宿代は俺が払っておく。いやぁ、素晴らしかったよ、愛しい君」
「ま、待って! もしかして、第二騎士団の団長様なの?…もう少しその……」
「金?」
図星を刺され、女は慌てて頷いた。
冷汗が止まらない。
イーゴリは乾いた笑顔のまま続けた。
「はは、好きな額を言えよ。どうせそういう関係だろう? 互いに楽しんだ、それで十分だ」
──護符の奥で、小さな女神の声が泣くのを聞いた気がした。
かつて「誓う」と告げ、星空の下で涙をこぼした夜とは違う。
今はただ、空虚なままに首へ下げ続けている。
「イーゴリ・メドベージェフ。お前を買った男の名だ。後で騎士団まで取りに来い」
その女の淡く青い目は、どこか護符に誓った“あの少女”の瞳の色に似ていた。




