表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の護符  作者: のはな
第一章
16/84

15.模擬戦エピローグ

模擬戦の観客席


観客席には、市民だけでなく、絢爛な衣装をまとった貴族たちも並んでいた。

その最上段。

病床に伏す国王に代わり政務を取り仕切る王太子ミハイルが、金の刺繍を施した外套を羽織り、豪奢な椅子に身を預け体を反り返していた。


酒杯を片手に、イーゴリが拳を掲げ歓声を浴びる姿を見て、にやりと笑う。


「……ふぅん。なかなか良い。使えそうな男だ」


冷たくも欲深い目が、群衆を扇動するイーゴリを値踏みするように光った。

派手好きで酒と女に溺れるミハイルにとって、常に冷静沈着なアレクサンドルは退屈な男にすぎない。

その点、群衆を掌握し熱狂の渦に変えるイーゴリには、確かに「利用価値」を感じ取っていた。


傍らには、王太子の妹にして王女のポリーナがいた。

彼女の肩を強引に抱き寄せながら、ミハイルは笑う。

しかしポリーナは元気なく俯き、視線は遠くのアレクサンドルの背中に注がれている。


「素晴らしき我が王国の臣下、騎士よ」

王太子は杯を掲げ、わざとらしく声を張った。

「これからも我がために、強き力を振るうがいい!」


その言葉に、市民と貴族たちは一斉に頭を垂れた。

だが、群衆の心を奪っていたのは、壇上の王族の声ではなく――拳を掲げ笑い吠えるイーゴリの姿だった。



模擬戦の熱気がまだ残る救護室。

泥と血で汚れた体を椅子に預け、医師の治療を受けていたイーゴリの元へ、ヴェーラが人をかき分けて飛び込んできた。


手にしていた濡れタオルを無言で広げ、彼の顔に当てた。

そのまま強引に顔を拭く。

あまりの痛さにイーゴリが声を上げた。


「いっ!? なっ、おい!? なんだ!?」


慌てて身を引こうとするが、ヴェーラは下を向いたまま黙々と顔を拭き続ける。


「いたたたたた!! やめろっ、ヴェーラ! もっと優しくしろ!」


周りの騎士たちがクスクスと笑い声を漏らす。


拭き終えたヴェーラは、息を整える。

イーゴリに華奢な肩を押さられ「お前なぁ…」と恨むように言われたが、止まらなかった。


タオルでふき取った泥と血が混ざり、それが彼が進む騎士としての過酷な世界の色だと象徴している。


模擬戦であるにも関わらず、死闘を繰り広げた。イーゴリが周りを巻き込み、熱狂の渦を突き進む。

人々が、イーゴリを求めて更にこの先の戦いへ追いやっていく気がしてならなかった。


この彼がこのままどこかへ行ってしまいそうで…

居ても立ってもいられなくなった。


「無茶ばっかり…」


ほとんど涙に押されて声が枯れた。

瞬いた瞬間に、目から熱い物が溢れてくる。


「…っ馬鹿」


イーゴリは無機質なヴェーラの顔に色が差し、淡い青い目から銀色の一筋の雫が滑り降りるのを見た。


満身創痍の身体に、感じたこともない胸の詰まりが走り固まった。

真っ直ぐな青い瞳に射抜かれ、言葉が出なかった。


ベーラの涙を見て、イーゴリは凍りつく。

戦場の獅子も、群衆を煽る団長もいない。


ただ、少女の涙に胸を詰まらせ、言葉を失った青年の顔だけがそこにあった。


その時、入り口からケンジが顔を出した。

「……あれ? ヴェーラさん?」


彼は、涙を浮かべて出ていくヴェーラと、頬を真っ赤にしてうつむくイーゴリを見比べ、目を丸くした。


「団長……?」


いつもの豪快な男はそこにはいなかった。

年相応――いや、それよりもっと幼く。

まるで初恋に打たれた少年のように、ただ頬を染めていた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ