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女神の護符  作者: のはな
第一章
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14.模擬戦 終演と…


泥と汗にまみれ、肩を貸すケンジとオレグに支えられながら退場するイーゴリがいた。


足取りは重いが、彼は笑っていた。


「団長っ!」「イーゴリ!!」 第二騎士団の騎士たちは総立ちになり、勝者の凱旋のように歓声を浴びせる。


イーゴリは拳を高く掲げ、血の滲む口元を歯を見せて笑った。

その姿に、仲間たちはさらに熱狂する。


彼は本能で知っていた。

――人を高揚させ、惹きつける術を。


敗北の瀬戸際でも、退場すらも「勝利のように」見せかけてしまう術を。




一方、その光景を見届けたアレクサンドルは、腕を組み、静かに吐き捨てるように言った。


「……恐ろしい奴だ。完全に、お前を封じた」


冷たい言葉。

だがそこには確かな畏怖と尊敬が混じっていた。

横にいたレオニードが一瞬こちらを振り返るが、アレクサンドルは眉ひとつ動かさず、続けた。


「俺とほぼ同じ策だった。そこが気に入らん」


吐き捨てるようでありながら、それは最高の賛辞。

同じ地平に立つ者にしか向けられない、唯一無二の評価だった。


レオニードは、裂けた頬から伝う血を無造作に拭った。


模擬戦――それは建前に過ぎない。

誇り高き騎士として、ただの遊びに傷をつけられた屈辱が、彼の中で赤黒く滾っていた。


「……次は殺してやる」


吐き捨てられたその言葉に、場の空気が一瞬凍りつく。

観客として囲んでいた第一も第二も、思わず息を呑み、動きを止めた。

それは冗談でも、脅しでもない。

獅子が本気で牙を剥いた瞬間だった。


ただ一人、アレクサンドルだけが眉をわずかに動かし、苦笑を浮かべた。 金色の髪を風に揺らし、静かに口を開く。


「……昔、お前が守ってやってたとは思えない台詞だ」


その言葉は皮肉でもあり、同時に長き因縁を見透かした一言だった。


かつて守る側だった男が、今や殺意を燃やしている。

その変化を、アレクサンドルは静かに受け止めていた。


レオニードの目が殺意に光る。

しかし、彼を抑えられるのは、この場ではアレクサンドルただ一人。

第一騎士団の団員も、第二騎士団の兵も、誰ひとり声を挟めず、二人の間に張りつめた空気をただ見守るしかなかった。


やがて、レオニードは血を滴らせた頬を拭いながら、兜を拾い上げる。


その顔立ちは、意外なほどに柔和で、東洋の血を色濃く宿した優しげな造作だった。 だが、その瞳の奥には――静かに燃える、猛獣の牙が隠されていた。



イーゴリは血と泥にまみれながらも、拳を高々と突き上げた。


「ははっ! あとでお前ら全員俺の所へ来いっ!!抱いてやる!!」


あまりにも豪快すぎる宣言に、観客席を埋め尽くす市民たちから歓声と悲鳴が一斉に巻き起こる。


「きゃぁぁぁ! 団長ーー!!」

「抱いてーーー!!」

若い娘たちは顔を赤らめて叫び、子供たちは興奮して跳ね回り、大人たちも笑いながら声を上げた。


ケンジも思わず声を張り上げる。

「団長ぉぉぉぉ抑えてーーー!!」



第二騎士団の兵士たちが雄叫びを上げ、槍を掲げて地を踏み鳴らす。


その熱狂は観客席にまで広がり、模擬戦場全体がまるで戦勝の凱旋のような轟音で揺れていた。

退場していくアレクサンドルの周囲にも、宮廷の侍女や貴族の娘たちの黄色い声援が飛び交う。

だが――イーゴリのもとに集まる歓声は、数こそ少なくとも、狂気に似た熱量と勢いを帯びていた。


模擬とはいえ、本物の殺気と誇りがぶつかり合った死闘。


この王国を背負う二人の団長の戦いは、市民や兵士たちの熱狂を巻き込み、灼熱の渦となって幕を下ろしたのだった。


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