14.模擬戦 終演と…
泥と汗にまみれ、肩を貸すケンジとオレグに支えられながら退場するイーゴリがいた。
足取りは重いが、彼は笑っていた。
「団長っ!」「イーゴリ!!」 第二騎士団の騎士たちは総立ちになり、勝者の凱旋のように歓声を浴びせる。
イーゴリは拳を高く掲げ、血の滲む口元を歯を見せて笑った。
その姿に、仲間たちはさらに熱狂する。
彼は本能で知っていた。
――人を高揚させ、惹きつける術を。
敗北の瀬戸際でも、退場すらも「勝利のように」見せかけてしまう術を。
※
一方、その光景を見届けたアレクサンドルは、腕を組み、静かに吐き捨てるように言った。
「……恐ろしい奴だ。完全に、お前を封じた」
冷たい言葉。
だがそこには確かな畏怖と尊敬が混じっていた。
横にいたレオニードが一瞬こちらを振り返るが、アレクサンドルは眉ひとつ動かさず、続けた。
「俺とほぼ同じ策だった。そこが気に入らん」
吐き捨てるようでありながら、それは最高の賛辞。
同じ地平に立つ者にしか向けられない、唯一無二の評価だった。
レオニードは、裂けた頬から伝う血を無造作に拭った。
模擬戦――それは建前に過ぎない。
誇り高き騎士として、ただの遊びに傷をつけられた屈辱が、彼の中で赤黒く滾っていた。
「……次は殺してやる」
吐き捨てられたその言葉に、場の空気が一瞬凍りつく。
観客として囲んでいた第一も第二も、思わず息を呑み、動きを止めた。
それは冗談でも、脅しでもない。
獅子が本気で牙を剥いた瞬間だった。
ただ一人、アレクサンドルだけが眉をわずかに動かし、苦笑を浮かべた。 金色の髪を風に揺らし、静かに口を開く。
「……昔、お前が守ってやってたとは思えない台詞だ」
その言葉は皮肉でもあり、同時に長き因縁を見透かした一言だった。
かつて守る側だった男が、今や殺意を燃やしている。
その変化を、アレクサンドルは静かに受け止めていた。
レオニードの目が殺意に光る。
しかし、彼を抑えられるのは、この場ではアレクサンドルただ一人。
第一騎士団の団員も、第二騎士団の兵も、誰ひとり声を挟めず、二人の間に張りつめた空気をただ見守るしかなかった。
やがて、レオニードは血を滴らせた頬を拭いながら、兜を拾い上げる。
その顔立ちは、意外なほどに柔和で、東洋の血を色濃く宿した優しげな造作だった。 だが、その瞳の奥には――静かに燃える、猛獣の牙が隠されていた。
※
イーゴリは血と泥にまみれながらも、拳を高々と突き上げた。
「ははっ! あとでお前ら全員俺の所へ来いっ!!抱いてやる!!」
あまりにも豪快すぎる宣言に、観客席を埋め尽くす市民たちから歓声と悲鳴が一斉に巻き起こる。
「きゃぁぁぁ! 団長ーー!!」
「抱いてーーー!!」
若い娘たちは顔を赤らめて叫び、子供たちは興奮して跳ね回り、大人たちも笑いながら声を上げた。
ケンジも思わず声を張り上げる。
「団長ぉぉぉぉ抑えてーーー!!」
第二騎士団の兵士たちが雄叫びを上げ、槍を掲げて地を踏み鳴らす。
その熱狂は観客席にまで広がり、模擬戦場全体がまるで戦勝の凱旋のような轟音で揺れていた。
退場していくアレクサンドルの周囲にも、宮廷の侍女や貴族の娘たちの黄色い声援が飛び交う。
だが――イーゴリのもとに集まる歓声は、数こそ少なくとも、狂気に似た熱量と勢いを帯びていた。
模擬とはいえ、本物の殺気と誇りがぶつかり合った死闘。
この王国を背負う二人の団長の戦いは、市民や兵士たちの熱狂を巻き込み、灼熱の渦となって幕を下ろしたのだった。




