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女神の護符  作者: のはな
第一章
13/83

12.模擬戦2 レオニードの捕縛と若き狼


雷鳴のような剣戟が荒野に響き、第二騎士団の重騎兵たちは必死に盾を支えていた。

だがレオニードの突撃は止まらない。

鉾が唸りを上げ、次々と鉄盾を叩き割り、兵を馬ごと薙ぎ払う。


「うっ……!」

ひとり、またひとりと列が崩れる。

盾の壁が破られるのは時間の問題だった。


その時――。

「ケンジ!」

イーゴリの鋭い声が、戦場の轟音を切り裂いた。


ケンジはびくりと肩を震わせる。


(き、来た……!俺が……!?)


初参戦の緊張で手が震えている。だが、イーゴリの双眸は真っ直ぐにこちらを射抜いていた。



「ピィィィィ――ッ!」


ケンジの笛が再び高く鳴り、煙幕が次々と投げ込まれる。


爆ぜる音と共に、白煙がレオニードを覆う。


荒野を覆う白煙が風に流れ、レオニードの視界がぐらぐらと揺らいだ。


「縄をかけろ!」

イーゴリの怒声が飛ぶ。


左右から躍り出た騎士たちが、縄を握りしめレオニードの軍馬を狙う。


一瞬

――ほんの一瞬だけ、極北の獅子の動きが鈍った。

煙に包まれたせいか、あるいは罠を嗅ぎ取ったせいか。


「……ッ!」


レオニードが歯を食いしばり、黒い馬と共に縄がかかった。

数人がかりで引き倒そうと力を込めると、観客や他の見張り台から歓声が上がった。


「引き倒せぇっ!」

イーゴリが吼える。


しかし、獅子は獅子だった。

首を捕らえられる直前――太い腕が素早く回り込み、縄を自らの肩口で受け止めた。


筋肉が爆ぜ、縄が食い込む。


レオニードの顔は変わらない。

しかし、眼光は鋭いまま吠えた。

獅子の咆哮だ。


縄を持った数名は、レオニードの咆哮と共に一気に引き上げられた。


馬上の騎士達さえ脚が浮き、引きづられる。

悲鳴に似た声があがり、共に引くケンジの体が浮いた。



「くっ……化け物の力だ……!」


ケンジは目を見開き、思わず息を呑んだ。


レオニードの黒い軍馬が縄に絡まる。

狂ったようにのたうち、蹄が地を叩き割る。

軍馬の縄は、音を立ててちぎれた。


飛び散った泥が視界を奪い、近くにいたケンジの顔をかすめて鋭い痛みを走らせる。


――レオニードの縄が一本、ブツリと引きちぎられた。


「まだだ! 引き続けろっ!!」

イーゴリが叫ぶ。


その声に応えるように、銀の鉾を構えたオレグが疾駆した。

狼の瞳が血に飢えて光り、半ば捕縛されながらも暴れ狂うレオニードへ一直線に駆け寄る。


荒野の熱気が一気に張りつめる。

片腕を縄に取られながらも、獅子は牙を食いしばり、真正面から迫る若狼へと目を向けた。


「もう一度……吹く! だから、タイミングを合わせて引け!」


ケンジが必死に笛を口に当てた、その瞬間だった。


――…っ


獅子の双眸が閃く。


煙と縄に翻弄されるはずの巨体が、わずかに首を巡らせ、戦場に立つ小柄な書記官を見据えた。


ケンジが、作戦の中枢にいることを理解した目だ。


その気配はもはや模擬戦の域を越え、戦場そのものを凍りつかせる。


「……殺す」


低く押し殺した声。

次の瞬間、鉾の刃ではなく、分厚い柄が弧を描き――ケンジを叩き潰すべく振り下ろされた。


「――ケンジ!」

避ける暇はない。血が逆流するような殺気に、ケンジの肺が凍りつく。



ーーー やられる…!!



「殺せっ!!」

雷鳴のようなイーゴリの咆哮が荒野を裂いた。



「レオニードを殺せぇっ! オレグ!!」



命を受けた瞬間、若き狼の全身が電流のように震えた。

銀の鉾を握りしめ、馬を蹴る。

風を裂く速度で突き出したその一撃は、獅子の鉾と正面から激突した。



火花が散り、空気が裂ける。

一瞬の拮抗。馬が嘶き、観衆のどよめきが荒野に渦を巻く。


レオニードの顔は無表情――だが、その胸奥には屈辱が渦巻いていた。

縄で動きを制され、しかも目の前の少年に阻まれた。


(このまま…終わるものか…っ!)


彼の誇りは、たとえ模擬戦であろうと曇ることを許さなかった。




オレグの渾身の鉾は、獅子の一撃に止められていた。

互いの武器が押し合い、火花が散る。

一瞬、重苦しい沈黙が戦場を覆った。


「……っ」


レオニードの漆黒の瞳が細められ、目の前の小さな騎士を見据える。


――ただの雑兵ではない。


この眼光、この勢い、この技。

十六歳の少年にして、すでに“個”の強者。


その瞬間、獅子の判断は定まった。

この騎士を自分と同じ獣の血を継ぐ者として認め、ーーーー 殺す。


模擬戦でのルールは、あくまでも血のざわめきを知らぬ外側の人間が作り出したもの。

戯れ言として処理し、頭の中が切り替わる。


目の前に現れた若き血に飢えた狼に対し、殺意と共に血が沸騰し踊りだしそうな程の歓喜がわき上がる。


戦場で本当の獣に出会える機会は多くない。


己が最も愛する歓喜の瞬間、それはこのような強者と出会えた時だ。



「名を名乗れ」



レオニードの声は低く、それで押し殺せぬ高揚に満ちていた。

漆黒の瞳は殺気と甘い歓喜に染まり、少年の胸を大きく跳ね上がらせた。


初めて自分を見た。

「極北の獅子」として恐れられ、頂点に立つ騎士が存在を認めている。


「俺の名は…オレグ・ヴォルゴフ!!」


少年騎士は叫び、鉾を持つ手に力を込めた。

全てを凍らせ、恐怖に貶める獅子の瞳に確かに自分が映る。


高鳴る心臓を止められず、全身を駆け巡る炎がわき上がる。


獅子を倒す。


いや、殲滅しーーー…殺す!!


放たれた殺気の渦を感じ取り、オレグはその中へまっすぐ飛び込んだ。


「レオニード・・・お前を超える男の名だ!!」


その声は合図となり、二匹の獣の激突を開始した。



轟音が荒野に響く。

獅子の鉾が振り下ろされるたび、大地だけでなく、馬体ごと揺さぶられる。

鉄と筋肉の塊がぶつかり合う衝撃は、盾を構える歩兵なら一撃で吹き飛ぶ重さだった。


「ぐ……っ!」

オレグの騎馬が膝を折りそうになり、泥を蹴立てて踏みとどまる。

鞍上の少年の身体も揺れ、脚が痺れるように震える。

それでも、灰色の瞳は獅子から逸れなかった。


次の瞬間、風を裂く音が戦場を駆け抜けた。

オレグの鉾が閃き、愛馬が蹄を蹴り込む。

踏み込みと同時に突き、払い、返す。

疾風の連撃は稲妻のように繰り出され、刹那ごとに黒獅子の馬を怯ませる。


「速い……!」

観客席から誰かが呻く。


だが――そのすべてを、漆黒の鉾が迎え撃つ。

レオニードの一撃は、一振りで数百斤の鉄槌にも等しい重さを帯びていた。

火花が飛び散るたびに、オレグの手首は痺れ、馬ごと後方へ押し戻される。


互角に見えながら――わずかに、ほんのわずかに押されているのは少年の方だった。



歯を食いしばり、震える腕を押さえ込む。

負けられない。

ここで屈すれば、獅子は背を向け、再び頂に立つ。

挑戦者の名は誰も覚えず、ただ敗北の影だけが残る。


それでも――刹那の綻びを嗅ぎ取った。

大地を蹴り、鞍を低く沈め、獅子の懐へ飛び込む。

銀の鉾が閃き、鎧の脇を叩いた。


「……っ」

レオニードの巨体がわずかに揺れる。

観客が一斉に息を呑む。


――通った。


鈍い衝撃に、わずかに顔を歪めた獅子は、しかし次の瞬間――嗤った。


「……悪くない。だが、まだ届かん」


押し殺した声と共に体勢が反転する。

怒涛の逆襲。

振り抜かれた鉾の風圧だけで、オレグの馬体がよろめいた。


「……ぐっ!」

踏ん張る前に衝撃が襲い、大地へ叩きつけられる。

視界が跳ね、何が起きたか分からぬまま泥が頬を打つ。


(立て……立て……! 殺せ!)


朦朧とする意識の中で、ただそれだけを心で叫び歯を食いしばる。


だが立つより早く、冷たく尖った鋼が間合いを詰めていた。

雷鳴のような鉾が振り下ろされる。


「オレグ!」

ケンジの叫びが裂けた、その刹那――。


「下がれ!」


――重い泥煙を切り裂く影。

馬を横滑りに駆けさせ、巨体が間に割り込む。


第二騎士団団長、イーゴリだった。




荒野に渦巻く歓声。

しかし、その只中でオレグは地に叩きつけられた。

泥が跳ね、視界が歪む。

立ち上がろうとした瞬間――獅子の鉾が、雷鳴のように迫ってきた。


「……しまっ――」

ケンジの声が絶叫に変わる。


その刹那。


――重い泥煙を切り裂く影。

馬を横滑りに駆けさせ、巨体が間に割り込む。


イーゴリだった。


スローモーションのように観衆の目に映る。

濡れた金の瞳がぎらりと閃き、濁流のような気迫が荒野を満たす。

彼は馬腹を捻り、自らの胸板で獅子の刃を遮った。

火花が散り、金属音が天地を裂いた。


オレグの目が見開かれる。

「だ、団長……!」


返るは、泥と血に塗れてなお豪快な笑み。

白い歯が閃き、声が荒野を揺らす。


「よぉし! よくやったぞ、二人とも! かわいい奴らめ!」


観衆が震える。

この状況で笑うのか――この男は。


イーゴリは肩越しに振り返り、咆哮した。


「ケンジ! オレグ! 褒めてやる!!」


二人の胸が一斉に震え、血が沸き立つ。

観衆もまた爆発した。

第二騎士団の旗が荒風にちぎれそうになり、声が地鳴りのようにうねる。


イーゴリは獅子へ向き直り、馬上で立ち上がるかのように背筋を伸ばした。

その目には恐怖の影はなく、炎のように澄んだ笑みが燃えていた。


「さぁ――獅子野郎! 次は俺だ!!」


風が荒野を駆け抜け、二つの巨影を隔てる。

観衆の心臓が一斉に跳ねた。

決戦は、ここから始まる。



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