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女神の護符  作者: のはな
第一章
11/83

10.模擬戦開始 演説

1.演説


模擬戦・開幕


荒野の空気は張り詰めていた。

西に第一騎士団の旗、東に第二騎士団の旗。

貴族や市民が観戦席に詰めかけ、熱気はすでに戦場を覆っている。


イーゴリは軍勢の前に騎乗したまま静かに立った。

目は第二騎士団を見つめる。

しばしの沈黙が場を包み、風の音だけが空を切っていく。

ケンジは何も言わないイーゴリを見つめ、彼があえてこの沈黙で自分に惹きつけているのを感じた。

これから始める模擬戦は、殺人こそ法度とされているが実戦とさほど変わらない。

その戦いに、イーゴリは己の育て上げた騎士たちの心へ訴えかける。


勝者として、誰が最後までここに立つべきかを。


「ははっ…すげぇ顔だなお前ら。ビビってんのか?」


語りかけるようにイーゴリが言う。

少し間の抜けた笑みを浮かべ、そして、すぐにその目を切り替えた。


「俺の優秀な騎士達よ。貴様らにまた教えてやる」


イーゴリの金色がかった瞳が、炎のように燃えていた。


神をもおそれぬ笑みが浮かぶ。

いつもの狡猾で腹の底から冷え立つような笑みは、騎士たちを常に鼓舞してきた若き騎士団長、イーゴリ・メドベージェフを象徴する。


この顔で堂々と語る彼を前にすると、誰もが惹きつけられた。


この男に付き従い、この身を焦がす。

駆り立てられるように、激しく身体が脈打った。


「そこにいるのは第一騎士団!俺たちを見下してきた奴らだ!

だがな、奴らは“型どおり”に戦う!それが誇りだとぬかす!!」


イーゴリの声は野太く、そして荒々しく。

甘美な酔いに似た声が場を覆って、響いて行く。

手を振り上げ、朗々と己の声を言葉を紡ぎ打ち上げた。



「誇り? そんなもんは勝ってから拾えばいい!!

俺たちは違う!勝つためなら泥をかぶってでも、這いつくばってでも、最後に立っていた奴が正義だ!!騎士道を語るなら、勝利で語れ!!」


「勝利を掴め!己のために!己の誇りのために!!」


畳み掛け、イーゴリが叫ぶ。


「勝利を味わえ!勝利を貪れッ!己を証明しろ!!

今ここで!第一を叩き潰し、第二こそ最強だと世界に刻み込め!!行くぞっクソ野郎共っつ!!」


最後の咆哮と同時に剣を振り下ろす。


「俺に付き従えっ!いいなっ!?てめぇらに勝利を抱かせてやる!!!」



「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」


地鳴りのような雄叫びが荒野を揺らし、第二騎士団の士気は最高潮に達した。

兵たちは武器を打ち鳴らし、隣の肩を叩き合い、今すぐ突撃せんとばかりに前へ身を乗り出す。


その光景を見て、ケンジは思わず息を呑んだ。

心臓が高鳴り、背筋に戦慄が走る。


(めちゃくちゃだ…!でも、この熱に逆らえない……!)


イーゴリの声は兵だけでなく、観客までも巻き込んでいた。

気づけばケンジの拳も震えていた。高揚感が体を突き上げる。 オレグも隣で声を張り上げ、血に飢えた目でケンジをみた。


この少年を恐ろしい怪物へと作り変えたように、ケンジも飲み込まれていく。


狂乱の渦へ巻き込み…あがらえない。


化け物だ。


(この人は――人を動かす化け物だ…!)



第二騎士団が吼え、荒野が震えていた。

観客のざわめきも、熱狂に飲み込まれそうになる。


だが――西の陣。第一騎士団の前には、ただ沈黙があった。


アレクサンドル・モーリャは馬上で直立し、まるで石像のように動かない。

冷ややかな視線が荒野を一望し、やがて兵たちへとゆっくりと降りる。


沈黙は、恐怖ではない。

第一騎士団にとって、それは「秩序」そのものだった。


やがて、彼は口を開く。


「貴様ら。案ずるな」


声音は静かで、だが氷を踏み割るような硬質な響きを持っていた。

熱狂を浴びた観客の耳を、冷水で打つような感覚が走る。


「ただ、目の前の敵を見よ。やるべきことは一つ。

――貴様らの強さを、恐怖として刻み込め」


一拍の間。

空気が凍りつき、兵たちの背筋が一斉に伸びる。


そして、アレクサンドルは凍りついた時間を断ち切るように叫んだ。


「殲滅しろ! それだけだ!!」


その瞬間、副官レオニードが槍を掲げた。

第一騎士団全軍が一斉に槍の石突を地へ叩きつける。


ドォォンッ――!


地響きが荒野を揺らし、観客席の貴族たちすら思わず身を竦めた。

沈黙と冷徹が作り出す威圧は、第二騎士団の熱狂とは真逆の「氷の狂気」だった。



観戦する民衆や貴族たちは、

第二の熱狂に歓声をあげ、

第一の沈黙に恐怖で息をのんだ。


(熱狂 vs 静寂)

両極端の演説が終わり、模擬戦は幕を開けようとしていた。

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