ついに
セィムに作れるのは、誰にでも作れるような料理ばかりだ。
いつもの料理を、いや、いつもよりちょっと奮発した料理をしているだけなのに、シァルの胃袋をつかんでしまったらしい。
「セィムの料理しか食べたくない」
抱きしめてくれたら、熔けてしまう。
「朝ごはん、何を食べたい?」
「目玉焼き。手伝うよ、セィム」
シァルが卵を割るのを手伝ってくれる。
……ほんとに、恋人みたいだ。
思うたびに、鼓動が駆ける。
「今日も、おいしかった。ありがとう、セィム」
シァルが頭をなでてくれる。
「ごほうび」
ちゅ
とろけそうにやわらかな唇が頬にふれたら、セィムの身体も、心も燃えあがる。
恋人(仮)を本気で遂行するつもりなのか、いつもシァルとの距離が近い。
腰を抱かれたり、手をつながれたり、頬に口づけてくれたり、セィムはもう、どうしていいかわからないほど、めろめろだ。
シァルのことで、頭も、心もいっぱいになって、心の臓はいつも、とくとく駆けてゆく。
瞳はいつだってうるんで、シァルだけを見あげてしまうから。
輝かしいシァルが、さらに、きらきら、きらめいた。
ふわふわのくちびるに、ちゅうまで、されたら。
「……ほんとに、頭がおかしく、なるから」
救国の英傑シァルと、さえない事務員の自分が仮としても恋人だなんて、ありえない。
たくましい胸に、そっと腕をついたら、シァルは切なげに瞳をほそめた。
「……もう少し、ふたりで過ごしてから、と思っていたけれど……」
シァルは目をふせる。
「今日の夜、時間をとってくれないか」
重く、硬い声だった。
言いにくいことを告げる声だ。
さよならの声だ。
……ああ、ついに来た。
ずっとおかしかったシァルが、ようやくセィムの凡庸さに気づき、飽きたのだろう。
なんのとりえもない、傍にいる利益なんてひとつもない、窓口業務しかこなせないセィムに、あきれたんだ。
──……これで、お終いだ。
今までが夢だったのに、どうしてこんなに、息ができないのだろう。
セィムは、ふるえる唇をこじ開ける。
シァルに対する返事はいつだって
「はい」
口にした途端、セィムは跳びあがる。
「これは敬語じゃないから!」
「わかってる」
喉を鳴らしたシァルが抱きよせてくれる。
『ちゅ』
あまい音を、もしくれるなら最後になるだろう、やわらかなくちびるを期待してしまう指が、すがるようにふるえてる。
「じゃあね、セィム」
ちゅ
くちびるに、ふれてくれることは一度もなかった、さよならの唇が、離れてく。