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いひゃい

 



 ぎゅ


 思わずシァルの手をにぎり返してしまったセィムは、あわてて首を振る。



「窓口に座っているときは、仕事ですから、冷静で穏やかでいようと心がけています。

 でも俺は、普段はそんなじゃありません」


 シァルを見あげるセィムの瞳が、揺れる。



「絶対、幻滅する」


 声は、ふるえた。


 透きとおる空の瞳が、瞬いた。



「ああ、セィムが見ている俺も、もしかしたら『救国の英傑』なのかな。

 それだと実際の俺には幻滅まちがいないね」


 残念そうに吐息するシァルに、叫んだ。



「ありえません!」


 唇をほころばせたシァルが、やさしい声で告げる。


「なら俺がセィムに幻滅することも、ありえないんだけど」



「幻滅しかないから!」


 涙目なセィムに叫ばれたシァルは、ちいさく笑った。



「じゃあ、試してみようよ。

 素のままで一緒に暮らしてみて、お互いに幻滅しちゃうかどうか、確かめよう」



「………え……?」


 何を言われたのか、わからなかった。



「よろしくね、セィム」


 抱きしめられたセィムは、シァルの香りとシァルのぬくもりにつつまれながら、頬を思いきりつねってみた。


「……いひゃい……」


 涙がでるほど痛かった。

 









 救国の英傑シァルと、万年窓口担当事務員セィムは、一緒に暮らすことになった。



「いやいやいやいやいや夢だろう──!」


 叫んでみても、頬をひっぱってみても、シァルに対するセィムの返事は常に「はい」

 他は存在しない。



「一緒に暮らす恋人だから敬語はやめよう」


 シァルの言葉にセィムは跳びあがる。



「こ、ここ恋人……!?そそそんな畏れ多い──!」


 のけぞるセィムに、シァルは眉をさげた。



「じゃあ恋人(仮)で。お試しなんだから、きがるに。ね?」



 きゅ



 手を握ってくれる。



 ごつごつの手からシァルのあたたかさが沁みてきたら、セィムの返事はいつだって



「はい……!」

 









 朝の光がセィムの一人暮らしの質素な部屋に降りてくる。


「いや、夢だろ……」


 頬をひっぱりながら、セィムは自室の少ない荷物をまとめてゆく。



「へえ、ここがセィムの部屋なんだね」


 集合住宅の2階にあるセィムのちいさな部屋を見回して、感嘆したように微笑むのが救国のシァルさまだなんて、絶対絶対絶対夢だと思うのに!


 思いきり引っ張る頬は


「……いひゃい……」


 セィムの涙目が、止まらない。




「シァルさまがこんな庶民の住まいにいらっしゃるとか、お目汚しも甚だしく──!」


 泣きそうなセィムに、シァルはふくれる。



「だから、敬語はだめ」



「無理──!」


 顔をおおって泣いてしまう。



 シァルは笑ってセィムの荷造りを手伝ってくれた。


 恥ずかしくて居たたまれないが、唯一の救いはセィムの部屋が汚部屋ではないことだ。面倒だと思いながらもこなしていた掃除洗濯を今日ほど褒めたくなったことはない。


 ──よくやった、セィム!

 どんなに疲れていても、掃除洗濯を欠かさないなんて、がんばったぞ!


 自分をほめて、はじめて、自分をほめたことが、なかったことに気がついた。



『卑下』


 シァルの言葉が、心を揺らす。




「あ、あの、調理用具は持っていってもよろしいですか?」


「敬語」


 ふくれるシァルに、セィムは熱い頬でつぶやいた。



「い、いかな?」



「勿論」




 笑ったシァルが、頭をなでてくれる。



 からだも、心も、夢みたいに、ふわふわする。




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