きみが
苦情も激憤も涙も共感すると、たいてい落ちついてくれる。暴れて危ないという場合には、護身用の電撃魔道具があるが、セィムは使ったことがない。
わあわあ叫ぶ人には、ただ苦情を大声で訴えて自分がすっきりしたいという人もいるけれど、自分が不当な扱いを受けたと悔しく思う哀しみと、抵抗するんだという気迫と、燃えるような主張があって、耳を傾けるともっともだということも多い。
お金がないから税金が払えないと泣く人もよく来る。セィムは話を聞いて実情を調査し、減免の措置が行える場合は上伸する。
真面目なセィムを信用してくれているのか、同期で上官のロイはいつも認可してくれるので、泣き喚いていた民に一転して感謝されることもある。
16年窓口に座り続けたセィムが思うのは、世界にはいろんな人がいて、いろんな事情があって、皆、大変で、皆、がんばって生きているということだ。
最初は大声でがなり立てる人がいると恐ろしかったし、今も反射で指がふるえたり、冷や汗が出たりする。
けれど『いざというときは電撃魔道具!』という心強さと、たいていの人は話を聞くと落ちついてくれるという経験から、セィムは少しずつ冷静に対処できるようになった。
できなければ、窓口業務は務まらない。
できなければ、職を失い、路頭に迷うことになってしまう。
せっかくカィザ選王立学院を卒業できたのに万年窓口業務なセィムは、転職で羽ばたける自信が全くなかった。
窓口業務を、やるしかない。
ここを辞めたら、後がない。
それが16年、セィムを支えた。
「他にできる仕事がないんです」
自嘲するセィムに、シァルは眉をしかめる。
「どうしてそんなに卑下する?」
……卑下、だろうか。
16年。
新人が扱う業務ばかりをさせられた自分にとって、それは、ただの真実ではないのだろうか。
冷遇ではなく、ただセィムに能力がないのなら、適材適所だ。
くやしく思う気もちも、かなしく、さみしく思う気もちさえ、擦り切れてしまった気がする。
セィムはそっと、シァルを見あげる。
「誰にでもできる仕事だから。
代わりなんて、いくらだっていて、俺である意味はない。
シァルさまのように替えのきかない存在じゃないことが、情けなくて、はずかしいんです」
凛々しい眉が、つりあがる。
「今、がんばっているのは、セィムだろう!」
叫ぶ声が、耳を打つ。
シァルの手が、セィムの肩をつかむ。
大きなてのひらのぬくもりが、沁みてくる。
「どんな仕事だって、存在するということは、なくては困るということだ」
シァルの声が、沁みてくる。
「今、がんばっているきみが、世界を支えてる」
空の瞳が、透きとおる。
セィムの唇が、ふるえた。
……泣きたくなった。
あふれそうな涙を、唇を噛んで耐える。
「セィムは立派だ。とても。
どんなときも穏やかに対応するセィムを見るたび、尊敬していたんだ」
「まさか!」
悲鳴のようなセィムの声に、シァルは眉をさげた。
「俺のしたことは派手に見えて、セィムの仕事はもしかしたら地味に見えるかもしれない。
でも魔法をぶっ放していればいいだけの俺には、忍耐と冷静と穏やかな微笑みのセィムこそが、尊く見える」
鍛錬を重ねつづけて、ごつごつになった手が、セィムの指をにぎる。
「ずっと、見てた」
指が、からまる。
「きみが、すきだ」