ずっと
「人のいないところで話をしたいから、俺の家はどうだろうか」
シァルの言葉に対するセィムの答えは勿論
「はい」
他にない。当然だ。
シァルの家は厳重な警備の門と衛士たちを越えたその向こう、選王宮の裏手にある、飛沫がやわらかに弧をえがく噴水まで備えた大邸宅だった。
シァルが手をかざすだけで、魔道具がきらめき、扉の鍵が開く音がした。
奢侈な装飾はひとつもなく、真白な石で造られた邸は、清廉ですさまじく強いシァルそのものな気がした。
螺旋の階段をのぼり、広大な邸の最奥に位置するのが、シァルの部屋だという。
シァルが扉を開けてくれる。
開け放たれた窓から、春風にのって新緑の香が吹きこんだ。
「突然、伴侶になってほしいだなんて、驚いたかな」
照れたように、ほんのり朱いまなじりで告げてくれるシァルが、国宝だ。
「あまりにもお人違いだと思うのですが」
夢としてもありえない。わかっている。
しかし、不思議な夢だ。シァルの、頭の芯がくらくらするような、いい匂いがする。
「ずっと、セィムを見ていたんだ」
いぶかしくセィムは眉をひそめた。
「16年、国務院の窓口に座っておりましたが、シァルさまを拝見したのは、本日が初めてかと」
こんなに輝かしい人を見たことを忘れるなんて、ありえない。
「宰相さまが月に一度、国務院にゆかれるのの護衛をしているんだ。
業務に支障があるからと、兜を着用している」
納税も司る国務院は、カィザ選王国の重要な機関であり、不正が蔓延しがちな部署でもある。厳しい監査があるうえに、毎月宰相閣下が直々に視察に来られる。
「あの騎士のなかにシァルさまが」
宰相閣下にお茶を淹れることもあるので、そのときに見てくれたのかもしれない。だがセィムほど地味で目立たない事務員もいないだろう。
「……お目にとまるようなことは、何もなかったと思うのですが」
「セィムはいつも微笑んでいた。酷暑の日も、極寒の日も、激昂して叫びだす者にも、泣き喚く者にも、変わらず丁寧に応対していた。
驚いたんだ。俺たち騎士の出番がなくて」
セィムは首をかしげる。
「出番?」
「ふつうわめき散らす客が来たり、乱暴を働こうとする者が来たりすると、衛士を呼ぶんだ。
俺たちは武力で押さえつけて黙らせる。なのにセィムは呼ばないだろう」
きょとんとしたセィムは、うなずいた。
「国務院に衛士は常駐していませんから」
窓口担当が、何とかするしかない。