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英傑

 



 騎士シァルが一躍有名になったのは、先の防衛戦だ。


 カィザ選王国は、民のなかから優秀な者をカィザ選王立学院の入学試験で選び、その中で最優秀の成績を叩きだした者が国の中枢を固め、さらにそのなかから王が選ばれる。


 顔や身体や人気で王を選ばないように、王候補のすべては伏せられ、業績と、国をどのように導きたいか、具体的な政策と財源をどうするか、明確に打ちだした論文のみで競われる。


 むつかしいことが分からない民は投票しようがないという切ない国だが、民が自ら王を選ぶという、ゼフィロド大陸初の画期的な国でもある。


 王侯貴族の世襲制を撃ち倒して造りあげたカィザ選王国は『平民の卑しい小国』『すぐに潰れる』と諸外国から10年放置された。その間に他国にない政策を次々と断行し、ほんの小さな国が大陸に名を轟かせる富裕国へと成長する。


 どこよりも平民が暮らしやすい国として他国から民の流入が続き、荒れ地を開墾し国土も順調に増えていった。


 国力があがればあがるほど、旧態依然の王国を脅かすものとして他国から敵視され、王侯貴族を据えるようにとの再三の勧告が送られるようになる。


 突っぱね続けた結果、カィザ選王国を大陸から排斥しようと連合軍が組織され、とうとう昨年、進撃してきた。



 一夜で滅びるだろうカィザ選王国を救ったのが、騎士シァルだ。



 莫大な魔力と武術を融合させたシァルは巨大な竜巻を起こし、連合軍の前衛を薙ぎ倒しただけでなく、兵糧のほとんどを奪い取った。かろうじて帰還できるだけの食糧を残して。

 類稀なる魔力操作の精度の賜物だという。



「なんか降ってきた!」


「お恵みだ!」


 カィザ選王国の民は天から降ってきた糧食に歓喜し、連合軍は今宵の飯さえ危うくなった。


 あきらめて帰投した国の軍は救われたが、突撃してきた軍はシァルの剣と魔法に無残に全滅したという。



 シァルは、たったひとりで連合軍の脅威からカィザ選王国を守り抜いた英傑となった。



 膨大な連合軍と相対し、全滅するだろうと悲壮な覚悟で臨んだカィザ選王国の騎士たちは、シァルの活躍に拍手するだけだったという。





「ああ、騎士シァルさま──!」


 凱旋したシァルを、カィザ選王国の民は熱狂で迎えた。


 もちろん、セィムも駆けつけた。


 すさまじいまでの強さを誇る、国を救った騎士の顔と身体が人類の彫刻を超えてきたら、崇拝しかない。



「救国のシァルさまだ!」


「あぁ、シァルさま──!」


 ゆく先々で拝まれている。勿論、選王都に帰還してくれたときにセィムも拝んだ。


 身動きがとれぬほどの人混みをはじめて経験したセィムは、ちいさな豆粒のようなシァルさえ輝いている、真に輝いているのを見た。


「シァルさま……!」


 御名を叫んだときの歓喜を、今のことのように、セィムはおぼえている。


 尊いというのは、シァルのことだと理解した。


 その英傑シァルが、平々凡々でありたいと願っているが、実は頭も顔も身体も残念なのだろう万年窓口業務なセィムに


「伴侶になってほしい」


 だなんて、夢だとしても、ありえない。



 今日はもうだめだ。

 帰って寝よう。


 かるく頭をさげて、定時退勤しようとしたセィムの背を、涼やかな声が叩いた。



「セィム」


 名を呼ばれるだけで恍惚が降る声なんて、他に知らない。


「時間をとってくれるか」


 救国の英傑に、否を言える人がいるだろうか。



「……あの、あまりにも烈しくお間違いではないかと思うのですが……」


 進言するセィムに、シァルは笑った。



「行こう」


 手を取られた。


 ごつごつの掌に、やさしく指をひかれる。


『まだ魔道具で退勤の記録をしていません』

『これから野菜を買いに行かないと、夕市の特売なんです』


 セィムの口からこぼれることは、なかった。



『枯れはじめた34歳だぞ、自覚しろ!』


 自分を叱咤する声は、手をひいてくれるやさしい力とぬくもりに、遠くなる。



 シァルは、いい香りがする。









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