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 セィムは目をむいた。



 職務中だ。今までかつて、どれだけ顔のよい騎士が来ようと、たまらなく色っぽいと噂の宰相が来ようと、セィムの鉄壁の愛想笑いが揺らいだことはない。欲情したことなど、勿論ない。


 しかしシァルは、次元が違う。



 ──これが、国で最高の容色か。



 名を呼ばれるだけで、恍惚が降る。


 顔と身体だけじゃなく、声まで低くあまくかすれて最高だなんて、おそろしい。



「楽しいご冗談を、ありがとうございます。国務院にご用は?」


 何とか冷静に繰りだした微笑みに、シァルは告げる。



「もう一度、名を呼んでくれないか」



「……は……?」


 あんぐり開いた口が、閉じられない。



 ほんとうはきっと平々凡々というのは高い自己評価のなせるわざだ。真に偏差値50を獲得する人は、ほんのひと握りだ。世界の半分の人は50に届かないが、ふつうを掲げる。すがるように。


 実際は残念なのだろうセィムは、今まで色っぽい頼みを受けたことなど一度もない。それなのに



「名を、呼んでくれ」


 低く、あまい声にささやかれたら


「……シァル、さま」


 願いを聞いてしまう。




 透きとおる氷がとけるように、シァルが微笑んだ。

 



「仕事が終わったら、時間をとってほしい。迎えにくる」


 のびたシァルの手が、セィムの指をにぎる。


 厳しい鍛錬を続けているのだろう、驚くほどに硬く、剣を握るために変形した手だった。

 事務仕事と家事に特化したセィムの指には無縁の手だ。



「ああ、きれいな手だ」


 うっとりしたように目をほそめるシァルの指がからまって、ビクリとセィムは硬直した。



 シァルの指がセィムの手を、ゆうるりなぞる。


 その熱に、めまいがする。




「また、あとで」


 微笑んだシァルの指が、離れてゆく。


 鍛えあげられた逞しい背が、遠くなる。





 シァルがふれたところが、熱い。











「セィム?」


 呼びかけられて応えるまで、セィムは数瞬遅れた。


 仕事中だったことさえ、忘れていた。国務院に勤めはじめて16年、一度もなかったことだった。


 真面目な勤務態度だけが、セィムの誇りだったのに。シァルの微笑みひとつで、ガタガタだ。



「集中できていないのか、めずらしい」


 同期に突っこまれるほど、ぼんやりしていたらしい。自覚のあるセィムは吐息した。


「窓口に来るなんて珍しいな、ロイ部長」


 選王立学院を卒業し就職してからずっと窓口に座りつづけるセィムと違い、ロイは見る間に出世した。今や国務院、総務部長だ。背が高く、顔もよく、伴侶もかわいく、仕事もできる。収入もよいだろう。


 こんな同期がいると、いじけたって仕方ないと思う。


 他の職場では窓口業務が最も大変だったり困難だったり、優秀でないとできないこともある。

 しかしカィザ選王国の国務院では窓口は新人が担当する。来院者を的確な部署に取り次ぐだけだ。


 窓口に座っていると『仕事の最もできない輩』扱いされてしまう。それに新人の頃からずっと16年も耐えているセィムを見回したロイは、眉をひそめた。


「いや、珍奇な噂が流れていてな。我が国の英傑殿が、セィムに求愛に来たと」


「珍奇か。きみの言葉選びには恐れ入る」


「うん、そこを突っこむのではなく、真実なのか」


 セィムは眉をあげる。


「嘘じゃないか?」


 かるく手を振ってロイを追い払ったセィムは、白昼夢でも見たのだと思う。



 救国の英傑が、万年窓口業務なセィムに『伴侶になってほしい』だなんて。



 ありえない。








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