ごめんね、セィム
国務院の業務体制が心配になってきたロイを後ろに、奮闘を続けていた新人が折れたのは、一刻後だった。
「だから税金を払う金がないって言ってんだろォオオ──! 耳ついてんのか、ごるァア──!」
広やかな白亜の国務院を揺るがすような叫び声が響き渡る。
納税を司る国務院あるあるの『税金が払えなくてキレる来院者』だ。
めちゃくちゃ来る。
毎日来る。
セィムは毎日毎日、穏やかな笑顔で応対し、事情を聴き、減免が行えるときは申請手続きまでしてくれる。
が
「ごるぁあアァア──!」
は新人には荷が重すぎたらしい。
「ぼ、僕もう無理です──!」
泣いてる。
新人さんなのに、いきなり叫ばれたら泣いちゃうよね。わかる。ごめんよ。
「ほら、代わってやれ」
ロイが指示すると、とっても厭々そうに、熟練さんが出てきてくれた。
「税金は前年の稼ぎに応じてかけられるものですので……」
セィムみたいに穏やかに話し始めたけれど、お金のないらしい来院者の激おこは止まらない。
「金ないっつってんだろおがァアァ──!」
「……っ!」
熟練さん、ぷるぷるしてる。
「……鼓膜痛い……無理……」
泣いてる。
「代わってやれ」
仕方なく課長を指名したロイに、課長が仰け反った。
「え、お、おおお俺ですか──!」
窓口に座る前から泣いてる。
「あ、ああああの、どうか、落ちついて、お話を──」
身体が引けてるぞ、がんばれ、課長!
今こそ、課長の力を発揮するときだ!
役職手当の真価を見せつけるんだ!
「金がないのに金払えって、お前ら悪徳業者かよ! 財産を差し押さえるって何だよ、ふっざけんなァアァ──!」
拳まで出てきた。
「ムリ──!」
泣いて戻ってきた課長のうえの役職は、ロイしかいない。
ため息をついたロイは、仕方なく窓口に座った。
泣くかと思った。
「ごるぁアァアア──!」
正面から受ける圧は、隣で見ているのと、全然ちがう。
冷や汗が出て、指がふるえる。
暴力を振るわれたときの電撃魔道具に、手がのびた。
セィムがしていたことを、思いだす。
最初は、傾聴だ。
こちらの言い分『前年の稼ぎに応じて税金がかけられているので、払ってもらわないと困る』を伝えるんじゃなく『今、どういう状況で、なぜお金がないのか』をきちんと聞く。
たいていは借金して商品を仕入れ、売り上げても、返済に消えるので、手元に資金がない人が多い。
そこに、売り上げに応じて税金をかけられたら『金がないんだよ、ごるぁアァ!』になる。わかる。
セィムからもたびたび陳情されているし、これは宰相閣下に上申案件だ。
「宰相閣下に陳情します」
伝えると
「おぉ? おぉおお、さ、宰相に!」
ちょっと感動してくれたらしい。うれしい。
陳情を丸のみすると、実際と違うことがままあるので、ほんとにお金がないかの調査をしなければならない旨を伝えると、理解して帰ってくれた。
激おこ来院者の背を見送っていたら、皆から拍手が起きた。
「やりましたね、ロイ部長!」
「さすがロイ部長!」
「さすが役職手当!」
だよな。最後は自分が出るしかない。
わかっている。
でもセィムは毎日毎日、こんなのの相手を、あの鉄壁の穏やかな微笑みでしてくれてたんだと思うと、涙が出た。
「え、ロイ部長、泣いてる……!」
「国務院って、ほら、国の精鋭ばっかだろ。皆、打たれ弱いんだよ。打たれたことないから!」
「ロイ部長って、一回も打たれることなく部長でしょ」
「そりゃ泣くよな」
『ちっがぁあぁあうぅううう──!』
叫びたいのを我慢した。
来院者が他にもいっぱいいるからな。
……ああ、はやく帰ってきて、セィム──!
思ったけれど。
それは、この辛い仕事を、セィムひとりにすべて押しつけて、自分たちが楽をしたいだけなんじゃ……
──自覚した。
今までセィムひとりにすべてを押しつけてきたことに、申しわけなさに、涙がにじむ。
「ロイ部長、泣いてる──!」
「そっとしといてやれって、かわいそうだろ」
「だから、ちがう──!」
思わず叫んだら、セィムを思ってたまっていた涙が、こぼれた。
「うわ、泣いてる……!」
「いつも決めすぎ部長、激おこ来院者に涙か」
「意外にかわいーじゃん」
「ぷ」
そこ、笑うな──!
こうして、窓口にセィムがいない日がはじまった。
1週間も続くとか、ほんとに泣く。




