セィムのいない朝
窓口に、セィムがいない。
カィザ選王国、国務院は、朝から緊迫に包まれた。
「どうするんですか、ロイ部長」
聞かれたロイは吐息する。
「今までもセィムが急病や有給休暇でいないときはあっただろう。皆で頑張ってくれ」
健闘を祈る。
しゃっと手をあげて、階上の自席へと向かおうとするロイに、部下がすがった。
「1週間ですよ!? 今までは『セィムさん、明日には出勤してくれると思います』で乗り切ってきたんです!」
「『1週間後に、また来てね♡』って国務院、業務放棄だと思われませんか!?」
腕をつかまれたロイは、陳情に口を開けそうになった。
セィムがいないからって、1週間も仕事しない気かよ!
「……え、いやだから、皆で窓口業務をやればいいんじゃ?」
ごくごくまっとうな、正当な突っこみだったと思うのに、部下たちは悲鳴をあげた。
「無理です!」
「ムリィイイ──!」
泣いてる。
「え、いや、なんで? いちおう新人さんにもやらせる仕事なんだけど」
窓口業務というのは、来院者に用件を聞いて、適切な部署に取り次ぐ係だ。
新人さんにもできる。
「じゃあロイ部長、座ってみてください」
ふんと部下に鼻を鳴らされた。
………………。
……部下に鼻を鳴らされる部長って、どうなのかな?
ちょっと心配になったが、まあいい。
「いや、最初から部長が窓口に座ってるとか、おかしいだろう。
最初は新人さんに座らせて。ちゃんと研修して、丁寧に教えてから配置するんだぞ」
部長らしく指示したのに、ちょっと腹具合と顔具合がぽっちゃりしてきた部下はふくれた。
……いや、いい年をした男がふくれたって、可愛くも何ともないぞ。
セィムがふくれると、ちょっとかわいいけど。
──……あぁ、セィム、はやく帰ってきてくれないかなあ。
窓口を通るたびに
「おはよう、ロイ」
「ああ、ロイ、おつかれさま」
「先に帰る。またな、ロイ」
いつもの穏やかな、やわらかな微笑みを浮かべて名を呼んでくれた。
セィムは、ふしぎだ。
闇をとかしたような、さらさらの短い髪も、鏡のように世界を映す闇の瞳も、四角い眼鏡をかけた瞬間、まるで凡庸の海へと突き落とされるかのように色を失くす。
艶と色をなくしたセィムは、凪いだ海のように穏やかだ。
わめき散らす者が来ようが、泣き叫ぶ者が来ようが、セィムのやわらかな微笑みは揺るがない。
四角い窓口の向こうでセィムが微笑んでくれたら、何もかも、だいじょうぶな気がするんだ。
落ちこむときも、むしゃくしゃするときも、うれしいときも、セィムの微笑みは変わらない。
「おつかれさま、ロイ」
セィムが言ってくれるだけで、ほんとうに疲れが、ふうっと抜けてゆく気さえする。
16年もの間、ずっと変わらず窓口に座ってくれるセィムは、国務院で務める者すべての精神安定剤であり、癒しだった。
それは国務院にやってくる人たちにも、同じだったらしい。
「……え、セィムちゃんは?」
「どうしたの、病気!?」
国務院に入ったばかりで何も知らない新人が、窓口に座らせられることになったらしいが、『本日のご用件をうかがいます』さえ言わせてもらえない事態に、戸惑ってる。
『皆、何しに来てるんだ、まさかセィムに逢いに来てるのか!? ここは、お堅いお役所、国務院だぞ!』
来院者に向かって大声で叫びそうになったロイは、むぐむぐ口を閉じた。
「なんとか業務が遂行できるよう、支えてやってくれ」
ロイの指示に、部下たちがうなずく。
「まあ、新人なので」
「国務院の業務はこんなものだと思ってくれるかもしれません」
「がんばれ、新人!」
ほんとに応援するだけだよ。
……だいじょぶか、国務院。
ずっと読んでくださって、ありがとうございます!
インスタでセィムとシァルの動画をつくりました!(笑)@siro0088
https://www.instagram.com/siro0088/
でもログインしないと動画が動かないみたいです……アカウント持っていない方、ごめんなさい……!
もしよかったら楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
お話は、しばらくロイ部長の涙のターンです(笑)
皆で、セィムのありがたみを噛みしめるとよいのです!(笑)




