あいしてる
「シァル」
やわらかな月の髪を、セィムはやさしく梳いた。
顔をあげるシァルのくちびるを、そっと親指でなぞる。
かすかに唇が、ひらかれる。
うっとり潤んだ空の瞳が、閉じられた。
セィムもそっと、目を閉じる。
「あいしてる」
そっと、そっと
やわらかに、やわらかに
かさなるくちびるに、愛が、とけてゆく。
「シァル」
きみの名を、呼ぶたび
きみへの想いが、降りつもる。
きみが選んでくれただなんて、夢だとしか思えないのに
きみの隣にいられないと、明日はないんだ。
「シァル」
抱きしめて
だきしめて
きみの名と
愛をつむぐ
至上のしあわせが、降りてくる。
ちゅ
くちびるに口づけるのに、もうためらったりしない。
シァルが、いつだって、よろこんでくれると、知っているから。
万年窓口業務の事務員でも。
誰より仕事ができなくても。
シァルを愛する気もちは、誰にも負けない。
だから、胸を張って、言おう。
「あいしてる、シァル。
きみがいないと、息ができない。
だから、どうか」
ごつごつの尽力の手に、そっと、口づける。
「俺の伴侶に、なってください」
セィムは今日も、両の口角を15度、やわらかにあげる。
「カィザ選王国、国務院へようこそ。わたくしセィムが本日のご用件をうかがいます」
「いや、万年窓口業務のお前が、シァルさまの伴侶とか、嘘だろう!」
「頼むから別れてくれ!」
「俺のほうがふさわしい!見よ、この筋肉!」
「見たまえ、この優秀さを──!」
叫ぶ男たちにも、セィムの微笑みは揺るがない。
もう灰に落ちたりしない。
だって、ずっと窓口業務をがんばってきたセィムを、シァルが見つけてくれた。
シァルが、愛してくれた。
それ以上の自信なんて、ない。
「シァルが伴侶に選んだのは、俺だから」
堂々と言い放てるようになったセィムの眼鏡が、輝いた。
「くそ、どんな手を使いやがった!?」
「シァルさまは惑わされているんだ!」
「……万年窓口男に……?」
「禁忌の魅了の魔法でも使ったんだ、そうだろう──!」
泣き叫ぶ男たちの海が、さっと分かれた。
終業の鐘が鳴る。
月のひかりの髪が、夕焼けに流れる。
「セィム!」
きみが、名を呼んでくれるたび
きみへの想いが、降りつもり
「シァル」
きみの名を呼ぶたび
きみを抱きしめるたび
きみへの愛が、こぼれてゆくのです。




