伴侶になって
両の口角を15度、やわらかにあげる。
「カィザ選王国、国務院へようこそ。
わたくしセィムが本日のご用件をうかがいます」
同じ言葉を毎日毎日毎日毎日くりかえす。
それが窓口担当のセィムの職務だ。
市井の民から選王国大臣や宰相閣下まで納税や庶務でやってくる、お堅いお役所、国務院の窓口に座って、もう16年になる。
勤務時間に遅れることは殆どない。無断欠勤もない。真面目だと思う。長所といえば、それだけだ。
さらさら流れる闇の髪と闇を宿した鏡のような瞳は、幼いころは褒められることもあった気がするが、平々凡々な顔立ちに埋没する。もう34歳となれば尚更だ。
とりたてて長所もなく、酷い短所もないと思うが人づきあいが苦手で、うっすらした愛想笑いが精々なセィムに恋人はいない。無論、伴侶もいない。さらに言うなら、恋さえも知らない。
受付窓口に座りつづけ、何の起伏もない生涯を終えるのだろうと思っていた。
「俺の伴侶になってほしい」
カィザ選王国で最も凛々しいと謳われる騎士が、セィムの窓口で求愛するまでは。
「…………は……?」
今までかつてない反応をしてしまったセィムは、口を開けたまま固まった。
月のひかりの髪を揺らし、照れくさそうに切れ長の空の瞳をほそめ、形のよい唇を開いて告げられた言葉の意味が理解できない。
「ああ、挨拶がまだだったな。シァルという。騎士をしている」
『カィザ選王国に暮らす民なら誰でも貴方を知っています』言いかけたセィムは、いつもの笑みを装着した。
「存じあげております、シァルさま。本日はどのようなご用件でしょうか」
「きみに、俺の伴侶になってほしくて」
ほんのりまなじりを朱く染めて微笑む、人類の理想の彫刻を超える勢いの顔と身体の騎士の言動の意味がわからない。
ゼフィロド大陸中にその武勇を轟かせ、騎士としての絶頂期にいるシァルは確か24歳だ。
34歳ですこし枯れはじめたのが気になる平々凡々事務員のセィムと10歳も違う。
「……あの、どなたかとお間違えでは?」
ありていに言えば、間違い過ぎだ。それなのに
「きみがいいんだ、セィム」
シァルの低い声で名を呼ばれた瞬間、セィムの耳から身体の芯にかけて、あまい痺れが走り抜けた。
それは明らかに、愉悦だった。