咲きたい場所を秘密にするユリ
とあるお家の花壇に小人が穴を掘っていました。小人が掘る穴はとっても小さいですが、それでも頑張って掘っています。そうして掘っていくと丸い物が出てきました。
「はあ、やっと見つけた! ユリの球根!」
ユリの球根を掘り出して、小人は大喜びです。だけどユリの球根は「うるさい」と嫌そうに言いました。
小人は「ああ、ごめんね」と言って、話しました。
「でも君だよね。ここ以外に咲きたい場所を探している花って」
「そうよ」
「じゃあ、どこで咲きたいの?」
小人が聞くとユリの球根はすぐに何も言いませんでした。だけど「道案内する」と言いました。
「まずはこの花壇を下りて」
ユリの球根は道案内をしました。
*
ユリの球根の道案内はとっても大変でした。
「ここの道を真っすぐ……」
「ねえ、どこに行きたいのか教えてほしいんだけど」
「なんで?」
「僕はいろんな場所を知っているし、行き方も知っているからだよ。目的地が分かったら、もっと楽に行けるよ」
そう言いながらユリの球根を両手に持って小人はフラフラしています。小人にとってユリの球根は重たいし、大きいから前が見えないのです。
「わ、わわ!」
風が吹いて小人は転びそうになります。バランスを崩します。ユリの球根は落としませんでしたが、「ちょっと、落とさないでよ」と小言を言われました。小人は不満そうな顔になります。
ユリの球根の道案内で歩いていくと、ドンドンと人間が多くなってきました。高い建物も増えて、竹のように高い電信柱も地面に生えています。
その時、がしゃがしゃと音がしました。
「ん? 何の音?」
ユリの球根から顔を覗かせてみると、おばさんがゴミ袋をもって走ってきます。他にも、大きな建物から小学生や大人の人たちが多く出入りをします。
小人は何かに気が付いて、すぐに生垣に隠れます。
「ちょっと、なんで生垣に隠れているの?」
「今は朝だから、たくさんの人たちが外に出ているんだ。子供は学校に行くし、大人は仕事に出かける。そんな中で球根を持って歩いていたら踏まれちゃうよ。それに小人が居たら人間たちは驚くし、捕まえようとする」
不貞腐れたように小人が言っていると、生垣をのぞき込む小さな子供の目が見えました。ユリの球根も小人もびっくりしました。
「わあ、小さなお人形がある」
「わ、わわ! 不味い!」
すぐさま小人が逃げます。置いて行かれたユリの球根は「え? 置いて行かないで」と焦りました。子供は生垣の中がガサゴソと手探りしてユリの球根を掴みました。
「……なんだこれ?」
ユリの球根を見て子供は不思議そうな顔になりました。その時、母親らしき人が「保育園に行くよ!」と言われると子供は「はーい」と返事をして生垣の中にユリの球根をポーイっと投げました。
そうして人々はそれぞれ行くべき場所へと向かい、あたりが静かになった頃、小人は子供が投げたユリの球根に駆け寄りました。
「……大丈夫?」
「最悪よ!」
ユリの球根が怒るのも無理もありません。小人はひたすら謝りました。
「それでどこで咲きたいの?」
「もう知らない!」
「……分かったよ。僕も知らない!」
そう言って小人は怒り出した。
「確かに君を置いて逃げた僕は悪いけど、君の道案内だと人間が多い場所だから危ないんだよ!」
「だって、多分、笑われると思うから」
「……笑わないよ。言ってごらん」
「……電車が近くで見られる場所で咲きたい」
恥ずかしそうにユリの球根がそう言った、その時でした。
「うわああ! 遅刻しちゃう! 電車に乗り遅れちゃう!」
そう言いながら走ってくる制服を着た女子高生が走って来るのを、小人とユリの球根が気づきました。
「ちょうどいい所に来たね。あの子」
そう言いながら小人はユリの球根を持って、女子高生に近づきました。
そして大きく振りかぶって、彼女が持っている開けっ放しのカバンの中にユリの球根を入れました。
ちゃんと入ったのを見届けて、小人もカバンの中に入っていきました。
ユリの球根は「どうしてカバンの中に入れたのよ」と聞きます。
「あの子は多分、電車に乗って学校に行くんだよ。ちょっと悪いけど、一緒に行ってもらうんだ」
得意げに話す小人にユリの球根は「危なくない?」と聞きます。小人は「大丈夫、大丈夫」と返します。
そんな時、女子高生は「あー、スマホはどこ!」と言ってカバンの中を探り出します。小人は慌てて、ユリの球根をすみにやって女子高生の手が当たらないようにした。
「気を付ければ大丈夫さ」
小人の言葉にユリの球根は「本当に?」と疑わしい顔で言いました。
***
女子高生が駅に到着して駅の改札へと入っていきました。小人とユリの球根はカバンの外を見るとたくさんの人が行き来きしています。
「すごい人だね」
「こんなにたくさんの人が電車に乗るのかな?」
小人とユリの球根を持って、そっとカバンから出ていきました。そして人通りが少ないホームへと向かいました。
「この駅の近くに私を埋めるの?」
「ううん。もっと人が少ない場所へ向かうんだ」
「どうして?」
「ここもいいけど、電車に乗ってみたいでしょ」
そういって小人は電車を待っていました。自動販売機の下で。
「ねえ、どうしてこんな暗い場所で待っているの?」
「駅のホームには鳩とかカラスとか、鳥がいっぱいなんだよ。僕たち小人を見つけると、あいつらはいじめてくるんだ」
上を見るとハトやスズメたちが電線にとまっています。時折、人が落とした食べ残しをついばんでいるようです。そして遠くでカラスの鳴き声も聞こえてきました。
そんな話をしていると、電車がやってきました。「うわあ」と声を上げたユリの球根を持って小人は電車に乗り込んでいきました。
電車の中は人がいませんでした。小人はユリの球根を窓際に乗せて電車が走る風景を見せてあげました。
「うわ、すごい」
ユリの球根の反応を見て小人は嬉しく思いました。
***
小人とユリの球根が電車を降りたのは小さな駅でした。
ホームから降りて、小人は線路近くの空き地にユリの球根を埋めました。
「ごめんなさい。目的地を言わなくて」
「僕も君を置いて行ってごめんね」
二人はすっかり仲直りしました。
「電車に乗ったりして大冒険だったよ。ありがとう」
ユリの球根はそう言いました。それを聞くと小人は満足そうに微笑んでユリの球根を埋めました。