お喋りなヨウム 1
カステージア劇場には秘密の噂があった。
秘密、ということは、そこを訪れる全員が知っているということだ。
この劇場には週末、妖精が訪れる。
妖精はいつも紫のドレスを身に着けているので、『菫の妖精』と呼ばれていた。
妖精は悩み事を解決に導いてくれるのだ。幕が開くまでに隣に座れた幸運な者だけが、妖精に一つだけ悩みを相談することができる。
ステージが終わるまで彼女の邪魔をしてはならない。
また、妖精に邪な思いを持ってはならない。
彼女の素性を探り、吹聴してはならない。
禁忌を破ると妖精は二度とこの劇場を訪れることはなくなるだろう、というものだ。
対価として妖精は、その日相談者が持っている『何か』を要求してくる。対価を払わなかったり誤魔化して有耶無耶にすると、妖精から呪われてしまうのだ。
常連客の貴族連中には、妖精がローラだということは知れているのだろうけれど、そこはさすがの上流階級で、下品に周りに言いふらすようなことはしていない。むしろ、妖精の正体を知っていることが、彼らにとってはステイタスなのだ。
*
菫の妖精と称される伯爵令嬢、ローラはため息をついて劇場に座っていた。
よりによって一番後ろだ。
急な休みがとれて、急に決まったことだったとはいえ、週末の劇場の当日券がこんなにしみったれているとは思わなかった。
横に座っている人間も嫌だった。
酒くさい男で、ウイッと言いながらローラに絡んでくる。
そろそろルシアンを呼んで追い払ってもらおうかと思い始めた矢先、うわずった高い声がした。
「あのッ……! そこの席の方、すみませんが、わたくしと席を替わっていただけないでしょうか……!?」
「うぃ~? なんで俺が」
「チケットと同じ値段のお金をお渡しします!」
「はあ? それじゃアンタが大損じゃねえか」
「一番、う、後ろに座りたいのです! お願いします」
「まあ俺ぁいいけどよ。おっ、B席のいっちゃん前じゃねえか。儲け儲け! ……はい、たしかに。じゃあな、嬢ちゃんたち」
正直、助かった。
観劇の最中、ずっとあんな酒臭い男の隣にいたら、こちらまで悪酔いしてしまいそうだ。
隣に座った女は、ボロの古くさいコートを着ていた。明らかに場違いだ。眼鏡をかけた、化粧っ気のない女だった。茶色くて固そうなごわついた髪を、無理矢理に三つ編みにして結んでいる。
「あ、あの! 菫の……妖精さんですよね?」
「えっ? はい、そうですけれど。よく分かりましたね。他にも紫のドレスの方はいらっしゃるのに」
常連客でさえ、何度か通わないと分からないはずだ。
それをすぐに見つけて来るなんて。
ボロを着た女は、はにかんだ。
笑うとえくぼができて案外に可愛い。
きちんと化粧をして整えれば、もっと品が良く見えるだろう。
「エスコートなしで、ご友人も連れていらっしゃらない人。そして、高齢ではなくて若い、ご令嬢。なおかつ、紫のドレスを着ていて、劇の始まるかなり前から席に座っている――となると、貴方しかいないと思ったのです」
「なるほどねえ」
若そうだが、かなりの観察力がある。
少なくとも、おべんちゃらと流行にばかり心血を注ぐ貴族たちとは一線を画しているといっていいだろう。
「私は平民で、孤児でした。身分も高くありません。見ての通り、お金もありません。なので、場違いなことは承知しております。このカステージア劇場も、前を通ったことは何度もありましたが、入ったのは今日が初めてです。妖精さんはきっと貴族のご令嬢なのだと思います。本来ならば私が隣に座ってはいけない方なのだろうと思います。ですが、恥をしのんでご相談したいことがあるのです」
ローラは少し、この女性に興味がわいた。
「もちろん構わないけれど……菫の妖精は対価を要求するわ。貴方はどうなさる?」
「恥ずかしながら、私にはチケットを買うだけで、精一杯でした。身寄りの無い私には、価値のある財産も何もありません。さっきの男にチケット代を渡して、今私が持っているものは、今月の給料の半額が残っているだけです」
「あなた、この観劇と相談にお給料の全額をつぎ込むっていうの?」
「はい」
「観劇はお好き?」
「いえ」
それはそうだろう。
観劇など金をかけた貴族の高尚な暇つぶしだ。
ローラはますます、この女性に興味がわいた。
「それだけ大切なことなのね」
とローラが言うと、女は真剣な瞳をして頷いた。
ローラもヴァレリアン公爵家に仕えている立場なので、給料の重みはそれなりに理解できる。
とはいえ、ローラには実家があるので、明日からの生き死には必ずしも労働と直結しない。
しかし彼女は必死に働いた生活のための給料の全部をつぎ込んで、この相談に賭けているのだ。
なんという情熱だろう。
ローラは微笑んで、先をうながした。
久しぶりに良い話を聞けそうな気がする。




