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その日ローラが座ったのは、控えめに言って、ものすごく良い席だった。
劇場の席は0から6までの7段階のランクに分かれていて、0が最も良い。
逆にいうと6は舞台がまともに見えない冗談のような席だ。
もちろん0が最も高価だ。
古式ゆかしい伯爵令嬢であるローラは買おうと思えば0席を手に入れることはできる。
が、千秋楽や舞台初日でなければ0席に座ることはない。
カテゴリ1や2でも十分に良い席、いや、0よりも素晴らしい可能性を秘めているのだ。
「ふ……ふわぁぁぁ」
思わず声が出てしまい、ローラは口をハンケチーフで押えた。
今回はカテゴリ1で申し込んだが、なんと最前列だった。
(実質、0の後ろの席と変わらないじゃない……!)
こういう類の驚きが楽しくて、ローラはわざと様々な席種を申し込むのが常だった。
「あら、素敵なお嬢さんとお隣ね。失礼します」
声をかけてきたのは、なんともすてきなマダムだった。
グレーの髪を肩口ですっきりと切りそろえていて、柔和そうな顔には幸せの残像のような小皺がほんのりと浮かんでいる。
「おひとり?」
「ええ」
「あら。あなたのような美しくて愛らしいご婦人なら、ひっきりなしに殿方からお声がかかったでしょうに」
「いえ、そんな」
たしかに観劇が趣味のローラの噂を聞きつけて、求婚だの何だのとアプローチをしてくる男もいた。
が、推理ができなくなるのは非常に惜しい。
たとえ0席が手に入ったとしても、断るつもりだった。
なんとなくルシアンの顔が浮かんで、ため息をつきたくなった。ローラには兄はいないが、もしも年の離れた過保護な兄がいたら、こんな感じなのかもしれないとさえ思う。
「どうしたの。これから恋のお芝居を見るのに、なんだか苦しそうね」
「ああ、すみません。体調が悪いわけではないのです。ただ、ちょっと」
ローラは少し考えた。
ただ、少し何だというのだろう?
マダムは先を焦らず、ただ隣で微笑みながら待っていてくれる。それがやけに心強く、ローラはふと弱音をこぼした。
「心配してくれる人に意地をはってしまったのです」
菫の妖精の逆相談とは、こんなことになるとは思わなかった。
「生きていれば色々あるものね。分かるわ」
マダムは言った。
「私もある。でも後悔しないようにね。いくら願っても、取り戻せないことだってあるのよ。言いたいことは、言えるときに伝えておいたほうがいいの。大切な方なら余計に、『あなたの気持ちが嬉しかった』って言った方がいいわ」
マダムはふと遠い目をした。
ラベンダー色をした優しそうな目に、わずかに郷愁の色が浮かんだ。
「私はもう二度と……そう。伝えられなくて、分からなくて、やりきれなくなってしまった。あなたはどうか後悔なさらないで欲しいのよ」




