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伯爵令嬢ローラの秘めやかな趣味  作者: 丹空 舞


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11/11

謎解き編です。

 

 真実は時に重く、時に残酷だ。

 しかし、菫の妖精は真実を好む。


 相談者の対価と引き換えに、真実を明らかにさせること。

 ローラは与えられた役を演じなければいけなかった。

 このカステージア劇場で、ローラは妖精として今ここに居るのだから。


「ねえ、ポリー。そのヨウムはね、あなたを励ましてくれているんじゃないわ」


 ローラは静かに言った。


「その言葉は『若奥様』が言っていたものよ」


「え……?」


「初めはほんの少しでいいの。バターピックの先にほんの少しだけ。それくらいの毒を少しずつ盛りながら――、心臓が弱って倒れるその日まで続ける」


「まさか」


「旦那様が亡くなるまで『もうすこしの辛抱』と、若奥様はつぶやいていたのでしょう。ヨウムは耳がいいわ。優しい声だったのも当然よ。だって、旦那様ではなくて、若奥様の声なんですもの」


 ポリーの顔から血の気が引いていく。


「じゃあ……じゃあ、旦那様は本当に……?」


「殺されたのよ。心不全を装うように、慎重に、時間をかけて」


「け、警察に」


「無駄ね。もうとっくに毒は後妻の手で捨てられているでしょう。それに、心不全にした見えないように、少しずつ綿密に毒を足していったのよ。すぐに証拠が出てくるような、へまはしないわね」


 ポリーは手で口を覆って呟いた。


「旦那様……なんて、なんて罪深い……」


「ええ。けれどね、旦那様も後妻に愛されていないのでは、と心のどこかで疑っていたのかもしれないわね。そうではないと信じたいけれど、万が一のために――あなたが連れ帰ったヨウム自身がその保険よ」


 ポリーの手が小刻みに震えている。

 ローラはそっと、そのあかぎれだらけの手を取った。


「あなたは、心の優しい、そして忠実なメイドね。もしあなたが望むならだけど、――うちの屋敷で働いてくれない? ちょうど、掃除係のメイドが一人、定年退職で辞めてしまったところなのよ。もちろんその賢いヨウムつきでね」


 ポリーの手の震えが収まった。

 涙のにじんだ灰色い目が、信じられないものを見るようにこちらを見ている。


「で、でも……そんなことって」

「あら。待遇は良いわよ。そりゃあ、公爵家ほどは出せないけれど、うちだって地元ではそこそこの伯爵家だから。どちらにせよ、うちは使用人に穴の開いたコートを着せるような真似はしないわ」


 ポリーがカアッと頬を赤くした。


「すみません……でも、でもあのヨウムは……お嬢様の言うことが本当だとすると……殺人を犯した人間の台詞を喋ることになります。貴族のお屋敷がそんな鳥を飼うだなんて」


 ローラはふっと微笑んだ。


「あら。面白いじゃない。それにね、あなたがさっき言っていたわ。昔の言葉を忘れるためには、新しい言葉を聞かせるのだって。うちの屋敷はたくさんの使用人がいるの。みんなで話しかけてやったらいいわ」


 ポリーは息を呑んだ。


「……ありがとうございます。ありがとうございます……なんてお礼を言えば……」


「さあ、では契約成立ね」


 ローラがにっこりすると、ポリーも震えた唇を上げた。


「明日、辞表を出してまいります」


「いいえ、その必要はないわ。うちの執事ルシアンは有能だから、万事滞りなく手続きを済ませてくれる。その代わり――明日の朝、あなたにしてもらうことがあるの」


「何なりと」


「後妻は屋敷中を壊したり、作り替えたりしていたのでしょう? 壁、屋根裏、庭まで。家具は放っておいたというのはおかしいわ。だって、模様替えをしただけなら、家具から手をつけるはずではなくて?」


「ええ。ですが、若奥様は家具は触られませんでした。ご移動されたりはあったようですが」


「それはね、探していたのよ。財産を」


「財産、ですか? でも、若奥様は遺産を相続されましたよ。確かに少ない少ないとわめいておられましたが」


「ええ。それはね、『少なかった』のよ。本当に。資産家の旦那様は、本当の遺産は別に隠していた。ヨウムが歌っていた替え歌。あれは隠し財産のありかを示す暗号よ。ヨウムなんてどうでもいいと思っていた後妻には、価値が分からなかったのでしょうね」


 ポリーは息を呑んだ。

 もうすぐに劇が始まりそうだ。

 オーケストラがリハーサルをしだした。

 ローラは早口になりながら、歌の意味を話し始めた。


「「元になっているのは、マザーグース。《Who killed Cock Robin?(誰がコマドリを殺したの?)》あなたのヨウムは、それを金のがちょうと歌い替えているはず。


『誰が 金のがちょうを見つけたの?』

 金のがちょうはそのまま、財産のことね。


 まず一節目。

 小さな雀が月明かりの丘で見つけた。

 すずめは、家に住む小さな鳥、つまりは貴方のことよ。旦那様はきっと、それも見越していたのだわ。誰かが、それもヨウムの世話をする誰かが、この歌の意味に気付くはずだと。月は東から昇る。だから、これは東の丘を示している。


 二節目のアカハラツグミが蔦の影で寝かせた。

 蔦が絡む場所なんて限られているわね。

 蔦があるのは古い外壁。

 古い外壁のある、東の丘の上にある場所。

 ねえ、もうどこを示しているか分かるでしょう?

 そう、貧窮院よ。貴方が育った、ね。


 そして三節目。

 古びた鳩が割れた石の上から守った。

 鳩は平和の象徴で、教会の隠語でもあるわ。

 割れた石──これはあなたが言っていた、不気味で誰も近付かないお墓の、ひび割れた墓石そのものよ。


 四節目、小さなヒワが三度の鐘に合わせて呼んだ――。

 教会の鐘が鳴る、午後三時。

 時計塔の影が最も長く落ちる位置。

 おそらくそれは、ある墓石を指しているわ。


 そして五節目。

 灰色の詩人はヨウムのことね。影の墓とは誰も入っていない、偽物の墓のこと。そこにはきっと『金のがちょう』の墓があるわ。つまり、財産が埋められているのよ」



 ローラは一息に言った。


「つまり、旦那様は自分の遺産を後妻には渡す気がなかった。本当に価値を分かる者に託すつもりだったの。それが小さな雀。ヨウムを正しく扱える者──たぶん、あなたのような優しい子のことよ。さあ、明日のおやつ時になったら、割れた石の墓を掘りに行きましょう。きっと、旦那様が本当に残したかったものが手に入るわ」


 メイドの唇が震えた。


「……では、奥様が……あんなに屋敷を壊していたのは……」


「見当違いの場所を探していたのね。全財産じゃないことは分かったけれど、どこに隠されているか分からなかった」


 ローラは、そこで穏やかに微笑んだ。


「後妻は今も屋敷にいるわ。でも、財産が見つからない焦りと、毒殺の罪の重さで、じきに自分から破滅へ転がり落ちるでしょう。人は、秘密に耐えられない」


 ポリーは、泣くことも忘れ呆然と、それでも好奇心に駆られながら小さな声で尋ねた。


「……墓の中には……何が……?」


「金貨ではないわ」


 ローラははっきり言った。


「私の予想では、あの一帯の水利権と鉱脈の権利書よ。旦那様は資産家だったのでしょう。貴族でないのに資産があるということは、そのどちらか、いや、どちらもを手に入れて事業をしていた可能性が高いわ。それがあれば、後妻は屋敷ごと町から追い出されるかもね」



 ポリーは息をのんだ。

 ローラは貴族令嬢らしく、上品に小首を傾げた。

 長いまつげがパッチリと上を向く。


「そこから出てきた書状を使って、犯罪者の追放をするかどうかは、貴方が決めることね。あら、オーケストラが始まったわ。もう黙りましょう。観劇は初めて? わりといいものよ。心の慰めになる。浮世のことを忘れて、偽物に浸るのもたまには悪くなくてよ」




 *




 その夜、馬車の前で御者ルシウスが目を丸くした。


「……その方は?」


「新しいメイドよ。ポリーというの。うちで雇うわ」



 ルシウスが音も無くため息を吐く。


「まあ、今更驚きませんけれどね」


「そうだったわ、ルシウス。行き先を変えて。ヨウムの声は大きいから、町中のアパートでは苦情が来てしまうわ」


「ヨウム、ですって?」


「ええ。うちで飼うの」



 ルシウスが今度は音ありでため息を吐いた。



「お嬢様……なんでもかんでも拾ってこないで頂けますか。ヨウムをご存じですか? ものすごく喋るのですよ、あの鳥は」


「ええ、分かっているわ。殺人犯の台詞も」


「なんですって?」


 ルシウスが目をむいた。

 ローラはあさっての方を見た。


「もちろん冗談よ、ええ。ヨウムのことは本気よ。気に入ったわ。うちで飼いましょう。彼女も一緒に」


「お嬢様、それではそこのレディをあなたが飼うように聞こえますよ」


「あら失礼。さ、ポリー、先に馬車にお乗りになって」


 ポリーは固辞した。


「とんでもない! 畏れ多いです。私、御者の方の隣に乗せていただきます」


「ルシウスの隣はだめ!」 


「えっ」


「あっ」


 菫の妖精は口をパチンと手でおさえて、初めて焦った顔をした。


 聡いメイドのポリーは、はにかみながら馬車に乗った。


 美麗な使用人と、愛らしい貴族令嬢。


 なるほど。

 なんて楽しそうな家で働けることだろう。



 聖なる夜を目前にした馬車は、町外れの傾きかけた古いアパートを目指して走り始めた。



 END

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