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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

羅生の宙

作者: 今日の空

ある日の夕暮れ時の事である。一人の青年が、羅生という名の喫茶店で雨宿りをしていた。

こじんまりとした店内には、この青年以外の客はいない。ただ、所々に飾られたアイボリーカラーのオブジェをよけるように、灰の店ねこが練り歩く。この喫茶店が大通り面している以上は、この青年の他にもOLやサラリーマンが、もう2、3人いてもよさそうなものだ。それがこの青年のほかには誰もいない。


ところで、ここ近年、世界では、人口爆発によって生まれた世代が後期高齢者(75歳以上)となり様々な問題が生じた。介護者の担い手不足、入所施設不足、孤独死、認知症等。挙げてもキリがないが、その中の一つとして埋葬についての課題があった。かつては火葬が一般的とされていたようだが、多様性の時代を経て土葬や海葬といったように埋葬の選択ができるようになった。そのうちの一つが、宇宙葬である。

科学の発展に伴い、修学旅行の定番ともいえるような場所になった月。宇宙は人間の近くとなった。筆者は多様性の時代を経てと言ったが、埋葬の方法が多様化した背景として「引き取り手のいない方が多いこと」「埋葬する土地がないこと」がある。宇宙葬を選択する方や親族の中には「土や水の中よりも、広い宇宙を見てほしい」という物好きもいるが、大半は親族間で何かしらの問題があり「できる限りかかわりを持ちたくない」という理由から選択をしている。


青年はぬるくなったコーヒーに口をつけながら、ぼんやり、雨が降るのを眺めていた。先ほど、青年は雨宿りをしていたと述べたが、青年は雨がやんでも行く当てがない。ふだんなら、もちろん、母のいる家へ帰る。所が、その母は、4、5日前に亡くなった。青年は法的な手続きは終えたものの、未だ実感がわかず、親しい親族も頼れる友人も近所付き合いもなかった。だから「青年が喫茶店で雨宿りをしていた」というよりも「雨に降られた青年が、行きどころがなくて困っていた」という方が、適当である。その上、今日の空模様も少なからず青年の気持ちに影響を与えていた。15時から降り出した雨は、未だに上がる様子はない。そこで、青年は、自分の将来について―云わばどうにもならない不安を、どうにかしようとして、とりとめのないことを考えたどりながら、さっきから窓の外に降る雨の音を、聞くとでもなく聞いていた。

雨は、喫茶店をつつんで、遠くから、ざあっという音をあつめてくる。夕闇は次第に低くなり、街灯が町行く人々をぼんやりと照らす。


どうにもならない不安を、どうにかするための手段はない。選ぶとすればこのまま不安を抱えて漠然と生きていくか、自死を選ぶかの二択である。どちらにせよ身寄りのない青年は、この広い宇宙のどこかへ飛ばされ、母と同じように棄てられてしまうばかりである。

母を宇宙葬させると選択したのは青年自身であった。片親であり、毒親である母。青年の世界は、母のいる家と時々学校のみであり、学校を含めたその他は全て青年にとって害であると教えられた。青年は従順に育ったものの、母と二人きりの世界に限界を感じていた。だからこそ、母の死を知ったとき、宇宙葬を選んだのだ。

もし他人と交流があったのなら、もし母のいうことに従わずに自分の考えを持つことができたのなら―青年の考えは、何度も回った挙句の果てにそこにたどり着いた。しかしこの「もし」は、結局「もし」という決して変えることのできない過去のことである。青年は自らの将来に対して漠然とした不安を抱えながらも、この「もし」という言葉にすがり、変えることのできない過去にとらわれたままなのである。


青年は、冷めきったコーヒーを飲み干し、それから重い腰を上げた。空調の効いた店内は、コーヒーの香りが漂っていた。題名がわからないサックスのBGMと、マスターが茶器を扱う音だけが響き渡る。グレーの店ねこはどこかへ行ってしまった。


青年は、下を向きながら、財布の小銭を確認した。コーヒーの一杯でずいぶんと長居してしまったため、いい加減、会計をして店を出ようと思ったからである。すると、カウンターの奥にある、一段と大きなオブジェが目についた。青年はそこで、注文以来初めてマスターに口を開いた。


「このオブジェクトは?」

「私の趣味で作ったものです」

「粘土か彫刻ですか?」

「いいえ。宇宙葬された者の遺骨を集めて作ったものです」


青年には、もちろん、なぜマスターが宇宙葬された者の遺骨をオブジェクトにするのかわからなかった。しかし青年にとっては、宇宙で遺骨を集めて、作品を作るということが、それだけで既に許されない悪であった。もちろん、青年は昨日、自らの母を「死後も関わりたくない」という理由で宇宙葬したことは、とうに忘れていた。


「なんて酷いことを」


青年は、焦る様子もないマスターをカウンター越しに、そう罵った。マスターは、それでも顔色を変えることなく佇んでいる。二人は、作品が並ぶ店内で、しばらく、無言のまま、顔を合わせた。しかしマスターに争う気がないことは明白であり、そこに勝敗はなかった。


「なぜ、なぜ宇宙葬された遺骨を作品にする必要があるんだ」


青年は絞り出すように質問をした。けれども、マスターは黙っている。何か考えを巡らせているかのようだった。これを見ると、青年のなかで、マスターの煮え切らない態度に腹が立った。そこで青年は、声を荒げ、まくし立てた。


「早く答えろ」


すると、マスターは、細い目をじっと青年へ向けた。青年の考えていることを見透かしているような、鋭い眼である。中肉中背で、これと言って大きな特徴があるわけでもない。そんなマスターがなぜこのように倫理に反した行いをするのか。その時、響くような低い声が、青年の耳へ伝わってきた。


「宇宙葬された者の大半が、死後さえ引き取られなかった者たちです。そんな者たちが、私の手によって誰かに愛される作品となるわけです。空気も愛も、思い出もない宇宙にいるより、よっぽどいいと思いませんか。」


公的正義をかざすのであれば死体損害罪で告発することも可能だが、そんな気にはなれなかった。青年は、先ほどまでの怒りがマスターへの八つ当たりであることに気が付いたのだ。そして、青年にはある欲が生まれた。


「じゃあ、僕が死んだら作品にしてもらえますか。僕も死んでなお愛されたいです」


青年は、まっすぐ、マスターの目を見つめた。


「貴方が、宇宙葬されたときには」


青年は、舞い上がり、少しばかり多い金を店に置いて出た。そしてかばんを脇に抱えて、瞬く間に夜の街のどこかへかけていった。

しばらく、店に静寂が訪れたが、新たな客がやってきたのは、それから間もなくのことである。マスターは「週末あたりにでも素材を集めに行きましょうかね」とひとりごちながら、長年の経験を頼りにコーヒーを淹れる。そうして、店の窓から、宇宙(そら)を見上げた。外には、ただ、そこに広がる夜があるばかりだ。





青年の行方は、誰も知らない。

今日の空です。

あまり書くことのない系統なので不慣れな部分も多いかと思いますが、ご容赦ください。


本作品は皆さんご存じ「羅生門」のオマージュ作品となっています。

実はもともとオマージュ作品を制作する予定ではなく、宇宙葬と遺骨で作品を作るヤバイ人の話を制作したいなという漠然とした気持ちから「死体」+「ヤバイ人」=「羅生門」という発想に至りました。二次創作かと言われると微妙なラインです。




考察の余地はいろいろ残しておきたいところですが、

今回の話が分かりにくかった方のためにザックリ補足をさせていただきますと、


この話の時代は、修学旅行の定番が月になるくらいの未来です。


青年は母と二人きりともいえる異常な環境で育ったため(学校にもあまり行かせてもらえなかった)、愛情と共にその生活に限界を感じていたところ母を亡くしてしまいます。限界すぎて、亡くなっている母にまで縛られたくないという気持ちから「宇宙葬」を選びます。

はじめは、母から解放された清々しさもあったでしょう。けれど、彼は気が付いていませんでした。生活をする上での知識や金を得ることができても、異常ながらにも愛してくれた唯一の人間を失ったことに。それが漠然とした不安の背景に大きく影響をしています。


だから、彼はマスターの言葉に揺らいだのです。



マスターについて? 彼はただの異常者ですよ。

まぁ、マスターの人生になにがあったのかは皆様のご想像にお任せします。





〈参考文献〉

羅生門 芥川龍之介 (大正4年9月)

https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/127_15260.html

最終閲覧日 令和5年10月9日

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