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第3話 ギャル忍者、現る。


「オープニングの暗殺未遂イベントぐらいは、サクッとクリアしたいところだよな……よし、やってみるか」


 覚悟を決めた俺は、教室の隅でコソコソと怪しげな仕草をしている茶髪ギャルに近寄っていく。コイツが最初の暗殺者(ヒロイン)だ。


 ていうか素人の俺でも分かるくらい怪しいって、暗殺者として失格だと思うのだが……。



「おい、そこのお前。そのウナギの血を集めて何をするつもりなんだ?」

「~~っ!?!?」


 自分では気配を消しているつもりだったのだろう。


 俺の声に驚いたのか、茶髪ギャルは身体をビクンと跳ねさせた。



「きっ、貴様! 何者だ!?」


(おおっ、可愛い……!!)


 振り返った彼女の顔を見て、思わず俺は内心で喜んでしまった。


 茶髪にミニスカート、ルーズソックスといったTHE・王道のギャルだ。顔もメイクがバッチリだけど、たぶんしなくても美人な気がする。


 エプロンの胸元にある可愛らしい忍者姿のクマが、見た目とのギャップ感を醸し出しているのもまた好ポイントだ。



 ゲームのキャラをそのまま現実に持ってきた……いや、もしかするとゲームの時よりも数段可愛いかもしれない。まぁ俺のナンバーワンはトワりんだけど。



「貴様はたしか、名を虚戯(うつろぎ)とか言ったな。こちらはただ、失敗したウナギを処理しているだけ。放っておいてくれないか――」


(可愛いは可愛いんだけど。喋り方とか所持品が、見た目と釣り合ってないんだよな~)


 透き通る女の声なのに、舞台役者のような語り口調。


 そして手にはギラリと光る包丁と、ヌメリと光るウナギが握られている。ウナギの頭はすでに落とされ、残った胴体からは血がボトボトと(したた)っていた。



「なぁ、ウナギの血って毒があるんだろ? お前はその血を集めて、誰かに飲ませるつもりなんじゃないのか?」

「毒!? い、いやいや!? (せつ)1919(イクイク)トキシンのことなんて、1ミリも知らないでござるぞ……」


 俺を射殺さんとばかりに見ていた鋭い瞳が大きく揺れた。どうやら図星だったようだ。


 フザけた毒の名前はまだしも、自分の事を(せつ)って……昔の侍か忍者かよ。今どき時代劇でも観ないぞ、そんなキャラ。



「お前が(ほとん)ど自白してんじゃねーか……っていうか授業中に堂々と人殺しをする気か? お前がタカヒロを狙う暗殺者だってすぐにバレちまうぞ」


 俺がそう言った瞬間、ギャル忍者は目を大きく見開いた。



「ど、どうして(せつ)()()()暗殺者だと……」

「えーっと、お前の名前はたしか柳嶋(やぎしま)莉子(りこ)だったっけ? 最近ウチに転校してきた売れっ子のアイドルで、全国を転々と移動しつつ活動。しかし裏では依頼されたターゲットに毒を盛りまくっている、極悪非道な忍者なんだろ?……凄腕かどうかは知らんけど」


 表向きでは、可愛い顔で毒舌を連発することがウリのアイドル。


 しかしその裏では、毒を用いた暗殺を得意とする冷酷な殺し屋……っていうコンセプトのキャラだったはず。



 ハイクラではメインヒロインのひとりで、一番最初に登場するキャラだ。


 オープニング直後に、モブキャラであるマコトが偶然にも彼女の暗殺に気付いて阻止する……そんなイベントが起きる。


 これはどのヒロインを選んでも必ず起きるので、俺も良く覚えていたイベントだった。


 ただ……。



「なぁ、ウナギで本当に人が殺せるのか?」


 俺はプレイ当時からずっと気になっていたことを、つい(たず)ねてしまった。



「――んなぁっ!?」


 俺の言葉に驚愕の表情を浮かべる柳嶋。


 いや、毒の致死量とかは知らんけどさ。そんな少しの量じゃ死なないんじゃないか?


 家庭科の授業中にウナギの血をガブ飲みさせる気かっていう。目の前でそんなアホ過ぎる光景が繰り広げられていたら、周りの人間もさすがに止めに入るわ。



笑止(しょうし)!! (せつ)の策はこの毒だけではない。柳嶋家に伝わる、精力を極限まで高める精力剤を混ぜ込んであるのだ。これで毒性を上げ、陰部に過剰な血を集めれば……ククク、文字通り昇天させられるという寸法よ!! どうだ、怖いだろう!!」

「うわぁ……。プレイした時はかろうじてスルーできたけど、こうして目の前で見るとすげぇアホっぽいなぁ」

「なっ、なんだと!?」


 必殺の策を馬鹿にされ、目を三角にしながら怒りをアピールする柳嶋。喧嘩中の猫みたいに、今にも飛び掛かって来そうだ。



「(だって、さすがに無理があるだろ……)」


 だがハイクラの設定こそが、この世の法則。


 このように常識的には有り得ないことが、この世界では当たり前のように起きてしまう。



「しかしここまで知られてしまっては、貴様も生かしてはおけぬ……悪いがお命を頂戴するぞっ!!」

「いや、最初から最後までほぼ自分で喋ってたじゃん」

「問答無用!!」


 えぇ……やることが全部ムチャクチャすぎるだろコイツ。


 とはいえ、俺も殺されたくはないし……仕方がないか。



「ククク、反抗する気か? だがそんなひょろっちい体格で、幼少より暗殺術を鍛え上げてきた(せつ)と殺り合えると思うなよ!!」


 余裕綽々(しゃくしゃく)な柳嶋は右手に持っていた包丁を逆手に持ちかえ、戦闘態勢に入った。


 一方の俺はポケットに手を突っ込んだままだ。もちろん戦闘能力が皆無である自分が、プロの殺し屋と正面からやり合えるなんて、(はな)から思っちゃいない。



「(マコトの能力は、所持するアイテムをポケットから無制限に出せること。そしてこれはエロゲーの世界だ。変態アイテムの威力をとくと味わうがいい!!)」


 某猫型ロボットもビックリの特殊能力である。アイテムの数は有限だが、その威力は絶大だ。


 さらにこのゲームをやり込んだ俺なら、どんなアイテムだってすぐに使いこなすことができる。



「お覚悟っ!!」

「それはこちらのセリフだ!!――喰らえっ、(ナマ)イキまたたび!!」

「――ふぎゃっ!?」


 柳嶋が動きだす直前、俺は手の中に出現させた粉末を彼女の目の前にぶちまけた。


 不意打ちを喰らった彼女は、アイテム(またたび)を全身に浴びてしまった。



「な、なんだこの粉は……ふにゃあぁあっ!?」


 家庭科室の片隅で行われる、刹那の殺し合い。


 だが俺が殺すのは命ではない。彼女の理性だ。



「あっ、ああっ……にゃ、カラダが熱いにゃあっ!?」


 ククク、そうだろう。


 俺が今ぶっかけたのは、生意気なメス猫を強制的に発情させる『またたびパウダー』だしな。



「しかし、あまり騒がれると困るか……えいっ、マジックミラースプレー!!」

「にゃ、今度は何をしたのにゃ!?」


 ふっふっふ。聞いて驚け。


 このスプレーを掛けられた人物は、声や姿形を外部から一時的に認識されなくなるのだ。


 本来の用途は屋外でプレイする用なのだが、こういった隠密行動にも使える便利なアイテムなのさ。



「くぅう、(せつ)は拷問には屈しないのにゃあ。やれるものなら――「よぅし、次はコイツだ!!」こ、この鬼畜男ぉ!!」


 興が乗った俺はさらに追撃を加えていく。


 さぁて、プロの暗殺者とやらはコイツに耐えられるかな?



「追撃の超快感チョーカー!!」

「――? 普通のアクセサリーじゃ……ふああぁああぁっ!?!?!」

「対象者に無理やり快楽を与える首輪だ!! ふっふぅー!! 生意気なメスガキには効果てきめんだぜ!!」


 流れるようにアイテムのコンボが決まった。


 柳嶋は最初こそ訳が分からない様子だったが、アイテムの威力をすぐに身をもって味わう羽目となった。


 発情したメス猫のような声を上げながら、床でピーンと弓なりに身体をのけ反らしている。



「き、貴様ァ……(せつ)はこんにゃ卑怯な道具には、絶対に屈せにゅう……!!」

「おぉん? まだ自分の立場が分かっていないのなら、もっと躾が必要だよなぁ?」

「ひいっ!?」


 どうやらお代わりが欲しいようなので、俺は思い付く限りのアイテムを召喚することにした。



「次はどこでも侵入、触手ショック君……」

「ぴぎゃっ!?」


 試したいアイテム、まだまだたくさんあるんだよな~。



「えーと、今度は性癖自白コーラ」

「無理むりむりだからっ、屈服調き――」


 ん〜? 中々ハードな趣味がお好みで?



「――?」

「――! ――っ!! ~~~っ!?」


『柳嶋 莉子の好感度が上がりました。(好感度:30%)』



 ――――――


 ――――


 ――



『柳嶋 莉子の好感度が上がりました。(好感度:80%)』



「ふぅ、取り敢えずこんなものか……」


 ひとまず、思い付いたアイテムはひと通り使ってみた。


 被験者となってくれた柳嶋は大粒の汗を全身から溢れさせ、息も絶え絶えだ。かろうじて意識はあるようで、股間を手で押さえながら、俺を涙で濡れた瞳で見上げている。



 ふっ、これでプロの暗殺者とは笑わせてくれるぜ。所詮はイキった高校生か。


 最初の暗殺ヒロインをアッサリ屈服させることができた俺は、最高の達成感を…………覚えてはいなかった。


(さすがにこれは引くわ。エロゲーのプレイをリアルにやるなんて、マジでドン引きだわ。でも殺人をやめさせないと、俺が死ぬんだ……すまん、柳嶋。俺を許してくれ……)



「ご、御主人様ぁ……(せつ)にもっとしてほしいにゃぁ……」


 良心で胸を掻き毟りたくなる感情を抑えながら、俺は床でビクビクと跳ねる柳嶋を同情の目で眺めていた。







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