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梅雨明けが宣言され、総務部で納涼会が行われる。
例年、新人が幹事をやるらしく、あたしが幹事という事になってしまった。
総務部の新人はあたし一人しかいないのに・・・。しかも、今夜って。
あたしはお昼休み、早々にお弁当を片付けてネットで、お店を検索していた。
「俺も手伝おうか?青山。」
何時もの定食屋から戻った穂積さんがあたしの後ろでパソコンの画面を覗き込んだ。
吐息がかかるような距離で、大人の男がつけてる香水が鼻についた。
「良いです!大丈夫です。分かんなかったら西野さんか金田さんに聞きますから。」
あたしはインターネットをクローズした。
「・・・あ、そう。」
穂積さんに関ると、木下さんの攻撃がこっちに向かってくる。仕事以外でなるべく、接点をなくしたかった。
・・・でも、今のあたしの態度は良くない・・・。
穂積さんが席に座ると同時にあたしは立ち上がり、穂積さんに向かって謝罪した。
「すみません。穂積さんがご親切で言って下さったのに。」
食事を終えた男性社員が続々とオフィスに戻ってきた。
「・・・ごめん、俺も今拗ねた。大人げなかった。」
穂積さんはバツの悪そうな顔をしていた。
”拗ねた”って・・・。
それから、あたしにしか聞こえないくらいの声で、こうも言った。
「木下の事。嫌な思いさせて悪かった。」
気づいていて知らない振りをしなかった穂積さん。
「前にもちょっと話したけど、面接の時から青山を買ってる上の人間が多い。実際仕事も出来るんで青山の評判が良い。木下は女性でありながら営業主任にまでなった努力家の人間だ。今まで注目されてきた。けど、その注目が青山に移り変わろうとしてる。それが気に入らないんだ、彼女は。」
「・・・はい。」
あたしは、それだけじゃないと思ってる。穂積さんの下で働いてるあたし自身が、木下さんは気に入らないんだと思ってる。
穂積さんがそれに気づいてない訳ないと思うが・・・。
「根は良い奴なんだよ。」
穂積さん。
その優しさは、時に毒にしかならないですよ。
木下さんは完全なる穂積ジャンキーになってる。
「東口に、『炙り屋』って居酒屋があるんだ。あそこ、この前初めて行ったんだけど良かったよ?青山。」
「・・・ありがとうございます。」
あたしは又、インターネットを開いて『炙り屋』を検索し、電話番号を控えた。
定時の30分前にお店に予約を入れ、無事に15名分の席を確保出来た。
「青山君、良いお店じゃない。」
総務部長のテカったおでこにネクタイが巻かれていた。
もうそろそろお開きという時間で、部長クラスは殆ど出来上がっていた。
「ねぇ本当ですよねー。このお店、最近出来たんじゃなかった?青山さん、センスある!」
「あ、ここはほづ・・・。」
穂積さんの名前を言いかけて穂積さんに視線をやると、口の前で人差し指を立てていた。
会計を済ませ、カラオケに行く人、2軒目に行く人、帰る人と各々で散らばった。
あたしは気が張って殆どお酒も飲めず、食べ物も食べれずだったのでPAUSAに行くことにした。
「PAUSAに行くの?」
気づくと横に穂積さんが居た。
「あ、はい。」
「俺も行こうかな。良い?青山。」
「え何で聞くんですか?穂積さんが教えてくれたお店じゃないですか。」
「俺より、もう行きつけてる感じだから。庄司君とも仲良いみたいだし、青山。」
「あたし専門学校以外で初めて出来た友達かもしれないです。」
「・・・友達?」
「え?あ、はい。」
そこから会話は途切れて、PAUSAに到着した。
21時近く、お客も多かったがウィークデーなので満席という程では無かった。
「いらっしゃいませ。」
あたしは何時ものように指定席のカウンターに座ろうとした。
すると、穂積さんがあたしの手首を掴み、ハイテーブル席へと導いた。
カウンターの中の庄司君もびっくり顔だった。
「テーブル空いてるんだし、たまには良いでしょ。」