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「お疲れ様です、総務の青山です。今日の売上データ、伝送して貰えますか?」
各営業所に電話連絡をして、データ待ちである。
西野さんが一人でやっていた仕事を、あたしも半分任されることになった。
元々、西野さんは総務部人事課に所属してる人なので、いずれは経理課であるあたしが一人で請け負う仕事になると思うと穂積さんに言われた。
「助かるー、青山さんの仕事の覚えが早くて。これ実は結構、面倒くさいんだよねぇ。」
西野さんが帳票を打ち出しながら、本音を漏らした。
「じゃぁ青山さん、横浜と柏と船橋ね。」
「はい。これは明日の午前中までで良かったんですよね?」
「そうそう。」
あたしは3つの営業所の帳票を見やすいように、線を引こうとペンスタンドから定規を取ろうと顔を上げた。
斜め前の席、いわゆるお誕生日席の穂積さんと目が合った。
「・・・何か?」
「え?・・・あ別に。」
穂積さんは手元に視線を落とした。あたしは仕事を続けた。
「あれ、青山さん、お弁当?」
西野さんが外ランチに出る際、あたしの後ろを通り過ぎると言った。
「節約しようと思って。」
「そうなんだー、偉ーい。どうしたの?どっか旅行とか?」
「へへ、まぁ・・・。」
給料も安いなか、PAUSAに行く為には節約も必要かなと思い始めた事だった。
嫌な事があったり、仕事で失敗をするとあそこに行くと元気が貰える。
今日はお給料日だから、1週間半振りにお店に行こうと決めていた。
定時に上がり、あたしは足取りも軽くPAUSAに向かった。
いつものように庄司君や神谷さんがあたしを迎えてくれた。
「お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
何も言わずともキールと軽食が出てくる。
お客さんが少ないオープンしたてのこの時間は、庄司君も神谷さんもフレンドリーに話をしてくれるし、あたしの話も聞いてくれる。
「今度、バーベキューやろうってスタッフで盛り上がってるんだけど、奏ちゃんも来ない?」
「バーベキュー?!えぇあたし、やった事なーい。」
「奏ちゃんは食べるだけで良いよ。江木ちゃんと庄司君が何でもやってくれるから、ね?庄司君。」
江木ちゃんは調理担当なので、あまり話をしたことはない。無口で気の良い人らしい。
「桐生さん、来るって?」
「起きれたら来るって言ってたけど。」
神谷さんが苦笑いをしながら庄司君の質問に答えた。
神谷さんは、オーナーの桐生さんの彼女なのだそうだ。穂積さんの高校の同級生の桐生さん。未だ会った事はない。
お店のドアが開き、神谷さんは接客でこの場を離れた。
「あたしも行っていいの?」
「おいでよ。大勢の方が楽しいから。」
「じゃぁ行く。何かあたしに出来る事があったら言ってね。おにぎり位なら作れるよ。」
あたしはチーズリゾットを口に運んだ。
「んーやっぱり美味しい!」
庄司君の視線に気づいて、手を止めた。
「江木ちゃんにこの姿、見せてあげたいよ。」
「え?」
「僕、奏ちゃん程ご飯美味しそうに食べる女の子、見た事ないよ。」
「・・・えー・・・何か恥ずかしいなぁ。そんな風に言われたの初めて。へへ。」
25日だからなのか、お客の入りが早く店内はあっと言う間に満員になった。
もうカウンターの席しか空いてないという時に、ドアは開かれ穂積さんが顔を見せた。
「いらっしゃいませ。」
「青山。」
「あ、お疲れ様です。」
あたしは会釈しようとした。すると後ろに木下さんと山本さんの姿が見てとれ、立ち上がって頭を下げた。
あたしの隣に穂積さん、木下さん、山本さんと順に腰を下ろしていった。
明らかに木下さんの視線が鋭く光っていた。
3杯目のキールをオーダーしたばかりで、今直ぐに席は立てない状況だった。
あたしは何だか急に頭痛を覚えた。
「庄司君、あたしブルドッグ。穂積が連れて来たの?こんなバーに、こんな若い子を?」
穂積さんが答えるよりも早く、庄司君がこう言った。
「良いお客様ですよ。」
あたしが顔を上げると、庄司君はグラスを磨きあげ、木下さんに向かって微笑んでいた。
あたしはそれを見て、あたしも此処に居て良いんだぁと安堵した。
美味しくキールを飲み干して、庄司君に声を掛けた。
「3800円です。」
「ご馳走様でした。美味しかった。」
あたしはお金をカウンターに置き、200円のお釣りを待つ間、穂積さんに
「お先に失礼します。」
と声を掛けた。
「あ、あぁ。」
神谷さんがお釣りを持って来た。
「いつも有難う。じゃぁさっきの話、又今度来た時に日にちとか決めようよ。」
「あ、うん。解ったー。」
あたしはハイチェアーを下り、庄司君に手を振った。
「又来てね、奏ちゃん。」
「うん。」
木下さんという刺客に不意に出会ってしまったものの、やっぱり気持ちよくPAUSAを後に出来る。
庄司君のお陰だなー。
外はもうネオンで眩しかった。