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「いらっしゃいませ。」
あたしの顔を見ると庄司君が笑顔を見せてくれた。
流石、客商売だなぁ。2度目のPAUSA来店なのに、あたしの顔をちゃんと覚えていてくれたようだ。
あたしはカウンター席の端っこに座った。
「こんばんわ。」
あたしは挨拶をした。
この前は常連の穂積さんと一緒だったから、招かれた客って気分だったけど、バーに20歳の女が一人で入るのってちょっと勇気がいった。
この辺で飲めるとこって言ったら、新歓の時に行った居酒屋と此処しか知らなかったから、思い切って来てみた。
「こんばんわ。今日はどうしますか?」
「じゃぁキールを。」
「かしこまりました。」
時間も18時のせいか、お客の数が少なかった。
邪魔にならない程度のBGMが今日はあたしの耳に届いた。
「どうぞ。」
そう言って庄司君がキールをコースターに乗せ、バーのスタッフがあたしの後ろから一品料理を差し出した。
あたしがそのスタッフを見ると、笑顔を返すだけ。
改めて庄司君を見ると、やっぱり笑顔を見せて
「食事をしてから飲む方が良いですよ。」
と言った。
目の前にはトマトソースのニョッキが温かい湯気を発し、食されるのを待っていた。
あたしは庄司君の心遣いが嬉しくて満面の笑みを返し、それを戴いた。
「んん、美味しい!」
「ありがとうございます。」
今日は木下さんの事があって気持ちが落ち着かなかった。何だか、あらぬ事で圧力をかけられた感じが心を乱した。
美味しい食事を摂ったら、ホッとした。
あっと言う間にニョッキを平らげると庄司君があたしを見て言った。
「美味しそうに食べますね。この前は随分、緊張してたようにお見受けしましたけど。」
「だって美味しいから。あ、あたし実はバーとか来たの初めてで・・・。今日も来ていいものかどうか考えちゃったんですけど・・・。」
庄司君は成程と言った顔で口角を上げ何度か頷いた。
「あたし、穂積さんの部下の青山奏です。」
「庄司です。いつでもいらして下さいね。女性のお客様は大歓迎です。」
庄司君がしっかりした口調で対応をするので、穂積さんと歳が近いのかと思ったら未だ25歳だと云う。
元々、ホテルへの就職を希望していて専門学校でも観光学科を専攻、バイトでPAUSAに入ってバーテンダーと言う仕事に興味を持ち、店を任されるまでになったそうだ。
「努力家なんだー、庄司君って・・・。って”君”って言っちゃった。庄司さんか。」
「良いですよ、君で。僕も奏ちゃんって呼ぶ事にしよう。」
店内が活気を見せ始めた。
あたしは黙って庄司君やスタッフ達を目で追った。
笑顔を絶やさずに給仕するサービス業。ファーストフード店や居酒屋では感じられなかった”プロ意識”を見せつけられた。
活力を貰えた気がした。
「庄司君、チェックお願いします。」
「今日は良いですよ、リピートで来てくれたサービスって事で。」
あたしは首を振って、バッグから財布を取り出した。
「駄目。あたしは美味しかった食事とカクテルを提供してくれた庄司君達にしっかりと支払いをしたいの。」
一瞬、庄司君はじっとあたしを見つめて、「では、3800円になります」と笑顔で答えた。
「ご馳走様でした。」
「又いらして下さいね。」
帰り際スタッフの女の子にもそう笑顔で見送られた。