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月曜日、穂積さんはマスク着用で出社した。
「おはようございます。」
メールも電話もしなかったから、本当に金曜の夜以来の穂積さんだった。
穂積さんはパソコンの電源を入れながら、あたしの方を向いてゆっくりと瞬きをした。
「穂積さん、どうしたんスか?風邪っスか?」
穂積さんが頷く。
「何か嫌な風邪流行ってますからねぇ。」
あたしは、ソフトを起動させ自分宛てのメールや掲示板をチェックする。
社外からメールが一通届いていた。
タイトル:アイツに取入るつもり?
あたしはダブルクリックをしてメールを開く。
土曜日は銀座で美帆子と買い物してたみたいだな。
何処まで図々しい女なんだ。
そうだ、来週の火曜日、穂積は会社を休むだろ?
毎年この日は休むんだよ。理由を聞いてみたら?
まぁ教える訳も無いから、俺が親切に教えてやるよ、奏ちゃん。
2月2日は、
穂積と美帆子の子供の命日だ。
あたしはメールの最後の文章を何度も何度も目でなぞった。
子供の命日・・・。
命日?
「青山さん?」
あたしは肩を叩かれ、そちらを振り返る。
水嶋さんが、あたしの反応に逆に吃驚している様子だった。
あたしは慌ててメールを最小化する。
「は、はい。何ですか。」
「穂積は?」
「え?」
あたしは左斜め前の席に目をやる。不在だった。
山本さんも居なかった。
「あ・・・すみません、ちょっと判らないです・・・。」
あたしの心臓はこれまでに無い程に、速く動いていた。
「・・・そっか。てか顔色悪いけど?」
あたしは右手をこめかみの辺りに当て下を向いた。
指が震えてるのに自分でも気付く。
「・・・青山さん?」
「だ大丈夫です。」
あたしは水嶋さんの追求から逃れる為、席を立ちトイレへと歩いた。
大きな鏡に映るあたしの顔は青白かった。
「めぇ・・に・ち。」
予想だにしない言葉の刃が、あたしを貫いた。
22
重い瞼を開けると、何時ものラヂオのDJの声が聞こえてきた。
顔を左に傾けると、ライトと窓が見えた。
何時、自分の家に帰ってきたんだろう・・・。
両手を使って重たい体を起こす。
ロフトの下に珠紀の姿が見えた。
「たま・・・き?」
あたしの声に反応して珠紀が顔を上げる。
少し潤んだ瞳を携えて、ロフトの上に上がって来てくれた。
そして痛い位に抱き締めた。
「奏!」
何で珠紀が家に居るのかな・・・。
「奏、会社で倒れたんだよ?!水嶋さんがあたしに連絡くれてね・・・。」
そっか・・・。
やっぱり、あれは本当にあった事なのか。
穂積さんと美帆子さんの子供の命日って・・・。
ドアが開いた。
「水嶋さん帰ってきたみたい。」
珠紀が下に下りた。
「・・・奏、今、目が覚めました。色々有難うございました。」
水嶋さんがあたしを連れて来てくれたんだな・・・。
「・・・うん。じゃぁ帰るから・・・。」
ロフトの上から、あたしは水嶋さんの声だけを聞いていた。
本当なら顔見てお礼を言った方が良いんだろうけど、今はそんな力が湧きあがってこない。