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やっぱり・・・。
ソニービルのイタリアンって言えば、此処ですか。
穂積さんも美帆子さんも、こういう所が好きなんだなぁ。
と言うか、やっぱり美帆子さんの趣味って事か。
白いテーブルクロスに、アンティークな創りのスツール。
窓際の席を案内されると、銀座の街を見下ろせた。
「アフタヌーンランチでお願い。」
あたしはメニューを開くことすら出来なかった。
バッグの中に1万円札あったかなぁ。
美帆子さんが笑った。
「可愛い奏ちゃん、ランチ4千円ね。ちょっと高いけど、クオリティは間違いないから。」
ランチで4千円って・・・。
「ネイルとかエステ、サロンも自分への投資でしょ?食事だって同じだと思わない?美味しい物食べて心も満足して、体にも良かったら最高じゃない!」
「・・・そうかも。」
「でしょう?」
テーブルに食事が運ばれてきた頃には、あたしはお金の心配を止めていた。
「奏ちゃんって美味しいって顔して食べるのねぇ。」
「え?あ・・・美味しいんで。」
「あたしも美味しいと思って食べてるけど、そんな風に思いっきり顔には出ないかも。見習おうっと。」
そう言いペンネを口に運び、にこっと笑う。
「あ、あたしもね絶対心掛けてる事あるのよ?”駄目な時でも駄目な顔しない”。仕事でもプライベートでもね。」
「良いですね、それ。駄目な顔したら、本当に駄目になっちゃいますもんね?」
「そう!そうなの、溜め息ついたら幸せが逃げるって言うのと同じ感覚じゃない?!」
「そうかもそうかも!」
前菜からドルチェ迄、目でも楽しませて貰ってお腹も満足、そしてやっぱりプロのサービスにも大感激だった。
お店を出てから、あたしは美帆子さんに4千円を差し出す。
「こんな素敵なお店連れて来て下さって有難うございました。美味しかったです!」
「いえいえ、又一緒にご飯でも食べよう、あたしも楽しかった。じゃぁこのお金は頂いておくね。」
夕方近く迄あたしは美帆子さんと銀座の街を歩き回っていた。
美帆子さん曰く、あたしにピッタリのドレスが無いんだとか。
「奏ちゃん!あたしが責任持ってドレス探しとくから!」
「え、良いですって。」
あたしは慌てて断る。
「自分で綺麗めワンピ探しますから・・・。」
「駄目!女の子はこういう時にもきっちり、お洒落頑張んないと!!あ、ちょっと待って電話だ。」
バッグの中から携帯を取り出す美帆子さん。
「智志からだわ。もしもし?」
あたしは聞いちゃいけない気がして、意味も無く周りを見回した。
「あ、今ね奏ちゃんと銀座で一緒に買い物とかしてたんだけど、智志これから来る?3人でご飯でも食べる?」
聞こえてきた台詞にあたしは、顔の前で手を振った。
”無理です!”
「え?そうなの?薬は飲んだ?じゃぁ今から帰るから、寝てて?うん、うん。じゃぁね。」
薬?寝てて?
美帆子さんが携帯を折り畳むのを確認してからあたしは聞いた。
「穂積さん、具合悪いんですか?」
「うん何か熱っぽいって。じゃぁあたし帰るね?ドレスは金曜迄に届くようにするから必ず!」
美帆子さんは、コートの裾を翻して颯爽と駅へと向かう道を歩いて行った。
通じ合ってるのに、直ぐ傍に居られない。
具合が悪いと連絡が来るのは、あたし宛てじゃない。
あたしは唇を噛み、下を向きかけた顔を上げた。
”駄目な顔はしない”
あたしは大きく息を吐いた。
息は白く、頬を涙が伝った。