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タクシーのドアが開いて、あたしは降りた。
「・・・今日も、飲むの?」
車内から水嶋さんの声が聞こえて、あたしは上半身を倒して覗きこむ。
心配そうな顔が見えて、あたしは小さく口角を上げる。
「おやすみなさい。」
あたしがタクシーから離れるとドアは閉まった。
タクシーのテールランプが見えなくなるまで見送ってあたしは階段を昇り始めた。
コートを脱ぎマフラーを外し、あたしは流しの中のグラスに目をやった。
その夜あたしは、電気を点け、CDを流し、ソファーの上で毛布を体に巻きつけて体育座りをしていた。
ちょっとして、あたしはCDを消した。
心がざわつく度に、穂積さんの顔を思い浮かべた。
又暫くして、あたしはロフトに上がって横になった。
次に、水嶋さんの言葉を思い出す。
電気のリモコンの”消灯”を押して、体を丸くして目を閉じた。
東京は良いな・・・。
夜が更けても静寂が訪れない。あたしは感謝した。
18
14時丁度にあたしは会社の裏手にあるcafe gardenのドアを開けた。
お店の奥の方に、穂積さんと水嶋さんの姿を見つけ、そこに足を進める。
「すみません、遅くなって・・・。」
二人の前には、湯気の立つカップが置かれていた。
「今、来たとこだよ。」
壁際に座る水嶋さんの前に、穂積さんが座っている。
あたしは穂積さんの横に腰を下ろした。
暫くの沈黙。店員がオーダーを取りに来た。
「・・・庄司君と水嶋と会ったの?」
お互いが目を見る事も無く、ただ目の前の天板一点を見て話をしていた。
水嶋さんがカップに砂糖を入れて、ティスプーンでかき混ぜる音がする。
「ごめんなさい・・・。」
「いや謝らなくて良いんだけど・・・。」
「うん・・・。」
あたしの前に届けられた紅茶が良い香りを放った。
ふと視線の先で、水嶋さんがカップに砂糖を追加しているのが見えた。
「・・・何杯入れるんだよ。」
と突っ込んだのは穂積さんだった。
「え?だって甘くねーんだもん。」
あたしは笑った。
「てか俺、今日此処に必要だったの?」
「・・・うん、ごめん。」
あの穂積さんが、水嶋さんに謝ってる。
「穂積さん。」
あたしは穂積さんを見上げた。
「あの日、珠紀と一緒にランチしたの。その後水嶋さんと約束してて、それで偶然庄司君と会って池袋迄送って貰う事になって・・・。」
「何で・・・水嶋と・・・?」
「あの・・・もう直ぐクリスマスでしょ。穂積さんに何かプレゼントしたいって思ったんだけど・・・思いつかなくて、水嶋さんに相談して・・・。」
「そーゆー事だよ、穂積。」
水嶋さんが煙草を口に咥えて火を点ける。
「・・・そっか・・・プレゼントなんて良かったのに・・・。」
穂積さんが表情を和らげて、やっとコーヒーに口をつけた。
暫くの沈黙の後、水嶋さんが煙を吐き出して呆れ顔で言った。
「お前ら、中学生かよっ。」
穂積さんとあたしは顔を見合わせて笑った。
「水嶋、23日暇?」
お店を出ると、穂積さんが水嶋さんに肩を並べて話を始めた。
あたしは二人を見上げるような感じで、その直ぐ後ろを歩いていた。
「イヴイヴじゃないですか、穂積さん。」
「やっぱ予定ある?」
「・・・無いですよ、一人身ですから。」
「あぁ良かった。俺さ、午前中社長とゴルフ行かないといけないんだけど、夕方から水嶋んとこでクリスマスパーティみたいなの、やんない?って思って。」
「何だよ、パーティって・・・。」
「・・・一人にしたくないんだ、青山の事。俺が居ない間、出来たら一緒に待っててくれたらと思って・・・。」
穂積さんがちょっと、後ろを向いた。
それに倣い、水嶋さんも振り返る。
「え・・・あ、大丈夫ですよ・・・。」
と言いつつ、穂積さんが23日にあたしに会う気で居てくれた事に顔が綻んだ。
「はいはい、良いですよ。」
水嶋さんが呆れ声で、答える。
「サンキュ!水嶋!」
穂積さんが水嶋さんの肩に手を乗せた。
・・・罪作りな人だな、穂積さんって・・・。
あたしは苦笑いした。