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「・・・青山さん、聞いてる?」
「え?」
現実に引き戻されて、あたしは領収書の整理中だった事を思い出す。
目の前で山本さんが心配そうな顔をしていた。
「あ・・・すみません、何ですか?」
「青山。」
あたしは穂積さんの方を見る。
岩根部長の裁判が終わり、穂積さんは会社に居る事が多くなった。
「体調悪いなら帰れ。倒れられても逆に迷惑だよ。」
尤もな意見だと思った。
思ったけど、穂積さんからそれを聞くのは痛みにしかならない。
”仕事”でしか穂積さんの役に立てないあたしから仕事取ったら、何も残らない・・・。
「・・・すみません、帰ります・・・。」
あたしは領収書を封筒の中に押し込んで、デスクの中に仕舞った。
のろのろと着替え、下へ向かうEVを待っていると水嶋さんに声を掛けられた。
「どうした、早退?」
車のキーを口に咥え、スーツの袖を通す水嶋さん。
「はい・・・。」
EVにあたし達は乗り込んだ。
「顔色悪いな?歩ける?中板なら直ぐだから送って行くよ、青山さん?」
親切な申し入れを断ろうとした瞬間、EVの箱が降下して平衡感覚が鈍った。
あたしの頭の中で大きく何かが一周して、立っていられなかった。
「青山さん!」
水嶋さんの腕があたしを支えて、あたしは何とか持ち直した。
「だ大丈夫です。すみません、帰れます。」
「大丈夫じゃねーだろ。送ってく。」
水嶋さんは、あたしの左手首を掴んだまま離さなかった。
あたしはその力を頼りに何とか歩いた。
ビルから少し離れた駐車場に、水嶋さんの営業車はあった。
白いライトバンで、あたしは助手席に押し込まれるようにして腰を下ろす。
車が走り出して、水嶋さんは最初の信号待ちであたしの顔を覗き込んだ。
「・・・俺のせい?」
「違います!・・・最近仕事大変で・・・疲れてるだけです。」
判り易い嘘だった。
穂積さんの出社率が高くなって仕事は落ち着いてきた。
「痩せたな、青山さん。」
「・・・その口癖、どっちが先なんですか?」
あたしは懸命に話題を変えた。
「・・・俺、かなぁ?・・・てか良くね、そんな話。」
「水嶋さんもそういう口調するんですね?」
「これが本来の俺だから。」
「え?・・・今迄のは?」
車が発進する。
あたしはシートにぐったりと体を任せた。体が重かった。
「・・・穂積に合わせてる。」
「え?」
水嶋さんは片手でハンドルを握って、遠くを見て運転していた。
「穂積と居ると、”しっかりした水嶋”を演じてるとでも言うのかな。」
あたしは直ぐに返す言葉が見つからなかった。
でも、それ解る気がする。
「・・・もしかして眠い?」
あたしは口を押さえて欠伸を一つした。
「どんだけ俺の前で寝るんだよ。」
「・・・すみません・・・睡魔が襲ってくるんです・・・。」
狭い車内でコートにくるまってマフラーをしてポカポカして、やっぱり車の振動が心地良くて・・・。
「中板、直ぐ着いちゃうって・・・ってオイ!」
すみません・・・水嶋さん・・・。寝てないんです・・・。