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「おはようございます。」
あたしは笑顔でオフィスに入った。
穂積さんがあたしの顔を確かめるような視線を向けた。
「おはよう、青山。」
あたしは微笑んだ。
お昼になり、財布を持って階段を下っていると
「青山、コンビニ?」
声がして穂積さんがあたしの隣に並んだ。
「あ、はい。穂積さんは煙草ですか?買ってきます?」
「一緒にランチ行かない?」
あたしは断る理由を探す。
「あー居たー!」
後ろから大きな声がして、あたし達は振り返った。
水嶋さんがリズミカルに階段を下りて来ていた。
「ランチ?俺ね、今日肉食いたい、肉。」
あたしはこの成り行きに逆らえないまま、オムライスのデミソースがけをオーダーしていた。
あたしはお冷を一口飲んだ。
ウェイトレスが次々とランチプレートを運んできた。
穂積さんは和風ハンバーグ、水嶋さんには和風スパゲッティを配膳する。
あたしは言った。
「・・・肉って言ったじゃないですか・・・しかも、きのこもっさりじゃないですか、水嶋さん。」
「えへ?」
穂積さんが笑った。
「いつもの青山みたいだな。」
「え?あーもう元気モリモリですよ!土日死ぬほど寝ましたらから。」
食事が終わると、二人は食後のコーヒーを飲みながら煙草を吸い始めた。
「あれ・・・。」
二人の煙草の箱の色が違った。
「え?」
穂積さんと水嶋さんの声が重なった。
あたしの視線の先に気付いてか水嶋さんが指先に煙草を挟んだ左手で、箱を持ち上げた。
「これ?」
「・・・あ、はい。」
「あれ水嶋、煙草変えたの?これウルトラでしょ?軽すぎない?」
「1ミリしか違わないし、あんまり判んない。いる?」
「1本。」
水嶋さんが箱ごと、穂積さんの前に置いた。
「何時もの煙草屋のばーちゃんがさ、間違えて出したんだよ。急いでたから、そのままそれ買ったんだけど。」
「ふ、水嶋らしい。そのまま買うところが。じゃあコレ。」
そう言って穂積さんは自分の煙草を水嶋さんに差し出した。
”サンキュ”と言って、水嶋さんはそれを上着の内ポケットに仕舞う。
二人の一服が終わって、穂積さんは当たり前の様に三人分の会計をレジで支払おうとしていた。
あたしは出しかけた財布を水嶋さんに押し留められて、店の外で穂積さんを待った。
「女の子は可愛く笑顔でご馳走様でしたーって言えば良いんだよ、青山さん。」
「あ・・・はい。」
「・・・バレない為の布石はしてきたつもりだったんだけどね。」
「・・・。」
「水嶋!」
お店のドアが開き、穂積さんが携帯を肩ほどに上げた。
客先からの電話の様だ。
「先行ってて。」
「了解。」
水嶋さんにあたしは促されて、お店を背に帰途へとついた。
「何で気付いたの?煙草?」
水嶋さんは話を続けた。
「・・・それも・・・あります。」
「他は?」
「口癖、部屋に女の人の痕跡が一つもない事・・・待ち受け・・・すみません。これは見ようと思って見たんじゃないですけど・・・。」
「そっか。」
水嶋さんは、穂積さんから譲り受けた煙草を口に咥えた。
「正直言うと、ホッとしてる。君にバレた事が。」
あたしが水嶋さんを見上げると、水嶋さんもあたしを見た。
「更に言えば、気付いて欲しかった、誰かに。」