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あたしは言われた通りに、服を脱ぐ。
怖くはない。
こんな事大したことじゃない。目を瞑っていれば、きっと直ぐに終わる。
全てを剥いで、あたしはベッドの中に潜り込んだ。
そう・・・きっと直ぐに終わる。
少し擦るような特徴的な足音がして、男が掛け布団を捲った。
そしてあたしの腰を跨いで、あたしを見下ろす。
上半身だけ裸のこの男の左肩の付け根のタトゥーが目に入った。
あたしはそれを通り越して、天井のクロスのデザインを目でなぞった。
片方の胸を強い力で鷲掴みされる。
男の顔が近付いて、首筋に唇が触れた。
線が途中で消えた。直ぐ隣にある線を又なぞり始める。
あたしの左膝を立たせ、内腿に指を這わせる。
男の指は、あたしの陰部へと触れた。
あたしは、又隣の線をなぞる。
「・・・つまんねー。」
男はあたしから降り、冷やかに言った。
「そんな覚悟した顔が見たいんじゃねーんだよ。」
男はリビングへと戻った。
話し声が聞こえる。携帯を使用している様だ。
「あ俺。今何処?駐車場?じゃぁ上、来て。もう用事済んだから。」
あたしは未だクロスのデザインを追っていた。
ジョイント部分で、リターンする。
直ぐに終わるんだから・・・。
インターホンが聞こえる。
「!」
あたしは我に返った。
「開いてるー。」
桐生さんの声が応える。
あたしは上体を起こし、布団で胸元を隠した。
足音が聞こえて、桐生さんへの来客者と目が合った。
「・・・。」
相手も言葉を失くした様子だった。
「テーブルの上に、借りてた奴置いといた。勝手に持ってって。あと、そこの女、好きにして。」
来客者の後ろを桐生さんが擦り抜け、玄関のドアが開かれ大きな音で閉じられた。
急な恐怖と羞恥心と混乱があたしを襲う。
「・・・奏ちゃん・・・どうして・・・。」
あたしは耳を塞いだ。
あたし・・・あたし・・・。
「や・・・見ないで!!」
胸の痛みと、首筋の湿った痕が更に恐怖心を煽る。
「オーナーと?」
「違う!あたし・・・あたしはただ、穂積さんを守りたかったの!!」
「・・・。」
あの男から穂積さんを守りたかった。
あたしが穂積さんの為に出来る事はこれしかなかった。
「・・・洋服、着て?送って行くよ。・・・あっちで待ってるから。」
庄司君は、優しい声で、ゆっくりとした口調でそう言った。
庄司君はあたしの為に車のドアを開けてくれた。
何も聞かず、何も発しなかった。
あたしは窓の外を流れゆくままに見ていた。
外は未だ明るいのに、急にあの寝室の暗さが蘇った。
あたしは上腕部のコートをぎゅっと掴んだ。
「家まで送ろうか?」
あたしは首を振った。
「そう・・・じゃぁ池袋駅の近くで下ろすよ。」
あたしは小さく頷いた。
目白から池袋は直ぐだった。歩道に車が寄せられ、停車した。
「・・・穂積さんには・・・。」
「解ってるよ。」
庄司君は心得ている様に答えた。
「・・・大切な人の為に何かをしたいと思うのは当然の事だと僕は思うよ。」
あたしはシートベルトを外そうとした手を止めて庄司君を見た。
庄司君はあの真っ直ぐな目であたしを見て、こうも続けた。
「ただ・・・自分を大切にして欲しい・・・。」
シートベルトがあたしの前を走って定位置に納まった。