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入口のインターホンを押すとロックが解錠される音がした。
最上階に着き、あたしはドアの前で深く息を吐いた。
ドアのインターホンをもう一度鳴らす。
桐生さんの話し声がどんどん近付いて聞こえて、ドアが少し開いた。
誰かと携帯で話してる様だった。
「あぁ今、ちょっと先客なんだ。1時間・・・んー30分位で良いや、待ってて。着いたら電話してよ。え?あぁ地下の?あー大丈夫だと思う。来客用のがあったと思う。管理人に聞いてみて。あぁじゃ。」
あたしはブーツを脱いで、室内に足を踏み入れた。
「久しぶり、奏ちゃん。」
リビングの方から、桐生さんの声がした。
「来ないかと思ったけど、よっぽど穂積が大切って事ね、来たって事は。」
リビングのドアの入口であたしは、桐生さんの言動を見落とさないように神経を張り詰めていた。
桐生さんはソファに座り、ウィスキーのロックを舐めていた。
効き過ぎる程の暖房が、気持ち悪かった。
「コート脱いで、バッグ置いて。」
抑揚の無い桐生さんの声。
あたしは桐生さんとは反対にあるキッチンカウンター前のテーブルの椅子にバッグを置き、背凭れにコートを掛けた。
「ふ・・・奏ちゃん、やっぱり面白い。で、穂積とは9月位から?」
「話す必要はありません。」
「・・・まぁ確かに。」
桐生さんは立ちあがって、オーディオ横に立てかけてあった茶色い封筒から何かを取り出した。
「この温泉、良かった?」
「?!」
「此処1泊3万近くすんだってね、流石高給取りだなぁ穂積は。」
煙草を咥え、その中から写真らしきものをローテーブルの上に乱暴に置いた。
あたしは駆け寄ってしゃがみ込む。
「・・・。」
あたしのアパートの前に停まる穂積さんの車、赤城高原SAで手を繋ぐ穂積さんとあたし、旅館に入るあたし達・・・。
どれも隠し撮りをされたものだった。
「・・・何が目的ですか。」
この人はやっぱり恐ろしい人間だった。
意識的に避けてきたが、あたしは桐生さんを見上げた。
「あぁその顔やっぱり良い。そそるなぁ。」
桐生さんはあたしに目線を合わせるようにしゃがんだ。
煙草臭い息があたしの鼻を突く。
「俺ね、ドSだけど強姦とかは好きじゃないんだよね。」
「・・・。」
「そこ寝室。」
リビングのドアの方をちらっと見た。
「服脱いで、足広げて待ってな。」
コートを脱げと言った時と同じ様な口振りで、この男はあたしにセックスを強要した。
こうなる事を覚悟していた。
それでいてあたしは、この部屋にやってきたのだ。
あたしが穂積さんに出来る事、これしかないんだもん。
あたしはローテーブルを支えにして立った。
後ろでウィスキーのグラスが空になる音が聞こえた。
リビングを抜け、直ぐ右手のドアを開ける。
カーテンは閉じられ、大きなベッドが主を待っている。
ここも逆上せる様な温度の暖房が効いていた。