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タクシーのリアシートで、穂積さんはあたしを直ぐ隣に座らせ、繋いだ左手をずっと離さなかった。
一言も発しないこの空気は重苦しかった。
穂積さんは水嶋さんの気持ちに気付いてるのかな・・・。
気付いてたら、あたし達の事に協力なんかしてもらわないか・・・。
幾ら穂積さんでも、そこは想定外ってとこかな。
タクシーはあっと言う間にあたしのアパートに着いた。
穂積さんは
「おやすみ。」
とだけ言った。
穂積さんの神経が研ぎ澄まされてるのが手に取るように解った。
「おやすみなさい。」
あたしは笑顔でそう答えた。
水嶋さんが、穂積さんに伝える気が無いのなら穂積さんは知らないままで良い。
その夜、珠紀からメールが届いた。
奏は、一番やりたくないのは、水嶋さんに同情することだって言った。
”同情”なんて言葉が出てくる時点で、同情してるんだとあたしは思うよ。
・・・言い過ぎ?
水嶋さんが本当に良い人なのは解った。
おや耳3 たまちゃん
その画面を開いたまんま、あたしは布団の中で朝を迎えた。
水嶋さんが駒になると言ったんだ。
あたしも、貫こうと思った。
穂積さんを信じますって、水嶋さんに誓った自分の気持ちを貫こうと決めた。
15
師走に入り、クリスマスモード全開で下の階では忘年会も行われていた。
総務部では、岩根部長の件があって表立っては開かれなかった。
親しい人だけで開いて後から領収書が回ってくると云う状態だった。
山本さんとあたしの年忘れは未だ来そうにない・・・。
定時を過ぎた時、机の中の携帯が震えた。
あたしはこっそりとチェックする。
送信先のアドレスは神谷さんからだった。
珍しい人からのメールで、あたしは少し驚いた。スクロールし本文を読み始める。
桐生です。
穂積との事。
明日14時位に俺のマンションに来て。
来なければ、美帆子に話す。
体が硬直して動けなかった。
・・・どうして・・・桐生さんが?
土曜日の朝、鏡の中にやけに色の白いあたしの顔が在った。
コンシーラーを眼の下に馴染ませる。
気を付けては居たつもりだし、外で二人で会った事だって数えるほどしか無い。
どうして桐生さんに知り得る事が出来たのか。
綻びは無かった筈なのに、どこから漏れたのか。
今日、桐生さんはどんな事を仕掛けてくるのか・・・。
あたしは頭を振った。
どんな事を挑まれても、あたしは応える覚悟を決めていた。