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「山本さん、今日給与振込・・・やりました?」
「・・・やべぇ・・・。」
24日の16時を回り、書類整理をしていたあたしは、ハタと思い出して山本さんに聞いた。
山本さんは手にしていた書類を隣の空きスペースに押しやり、給与台帳を引っ張り出した。
約100人程の振込予約をパソコンから行うこの作業は通常、給与振込の前日15時迄に完了させておくのがセオリーだった。
「今日中にやれば、明日には振り込まれるから焦んなくても大丈夫ですよね?」
顔面蒼白の山本さんを落ち着かせようとあたしはそう言った。
「確か大丈夫・・・。今日中なら明日の朝一にも着金出来ると思った・・・。青山さん、悪いんだけど、こっちの仕入れ値のチェックの続きやってくれる?」
「今日中ですか?」
「うん、そう。穂積さんに今日迄にやっておくように言われたんだ。」
「了解です。」
又、今日も残業決定だ。
穂積さんは今日は名古屋出張だった。昨夜水嶋さんのマンションに行った事はメールには書かなかった。
又”無理をさせてる”と思われたくなかった。水嶋さんにも、言わないで欲しいと伝えた。
あたしは給湯室に行き、山本さんと自分用のコーヒーを淹れる。穂積さんのうさぎちゃんのカップは、奥に追いやられていた。
「山本さん、コーヒー此処に置いておきますね。」
「あぁ有難う、青山さん。」
あたしも席についてコーヒーを啜った後、伝票と電卓を引き寄せた。
「間違ってたら、どうするんですか?」
「ポストイット貼って、各営業所にPDFで送っておいて。事務長宛てで。開発は、吉岡さんね。」
「はい、有難うございます。」
山本さんが途中までチェック済みなので、あたしは開発と横浜を見るだけだった。
それでも取引先が多い部署なだけに時間はかかった。
他の人達は17時半に「お疲れ」と声を掛け合い、退社して行く。
あたしの後ろで声がした。
「お疲れ様。」
西野さんが、あたしの机にチョコレートを二つ置いた。
岩根部長の件以来、ギクシャクしていたあたし達。西野さんは少しバツが悪そうで、早々にこの場をやり過ごしオフィスを後にした。
あたしはチョコレートを見て、少し・・・嬉しくなった。
目が疲れて時々、窓の外を見る。
さっきまで燃えるような赤い夕陽が沈んでいる最中だったのに、今は既に夜の時間が始まっていた。
あたしのチェックが終わり、コピー機で伝票をPDFに落とす。
山本さんは、疲労困憊の様子が窺えた。
パソコンのテンキーで、口座に給与が振り込める。便利な機能だけど、簡単が故に神経も使う仕事だと思った。
「あれー、水嶋さん来てない?」
吉岡さんが片手に携帯をブラブラさせながら、総務部に顔を出した。
「お疲れ様でーす。水嶋さんなら来てませんけど・・・。どうしたんですか?」
「総務行ってから帰るって言って、さっき出て行ったんだけど、机の上に携帯忘れてたから持ってきたんだけど・・・。」
吉岡さんも帰り支度が済んでる様だったから、あたしはその受け渡しを引き受けた。
「ごめんね、残業中なのに。一応開発に戻ってきた用にメモは貼ってきたから!よろです。」
「了解です。」
あたしは水嶋さんの携帯を机の上に置いた。
伝票綴じをして、社内メールを送ろうと椅子に座り直すと、思いの外椅子を強く引き過ぎたようで、机が揺れ水嶋さんの携帯がタイルカーペットの上に落ちた。
「あ!」
落ちた衝撃で携帯が開いた。
あたしはそれを拾い上げる。
見てしまった。
あたしの突拍子もない想像は確信に変わった。
水嶋さんの「好きな人が死んだ」と言った時の横顔が思い出された。
一体どんな想いで”駒”になると言ったんだろう・・・。