-34-
自販機でコーヒーと紅茶を買って、車に又乗り込んだ。
体は完全に冷えていて、ペットボトルの紅茶をあたしは両手を暖めるように包み込んだ。
「奏。」
あたしは声のした方を見る。穂積さんがキーを回し、エンジンが回転を始めた。
「良い名前だな。」
穂積さんがあたしを見た。
穂積さんがあたしの名前を呼んだ。初めてあたしの名前を口にした。胸がいっぱいになった。
「本当は名前で呼びたいんだけどね。」
「・・・青山って呼ばれるだけでも、嬉しいですよ?あたし。」
「そっか。じゃ行こうか。」
「うん。」
何だか泣きたい気持ちになった。名前を呼ばれただけで、こんな感情が湧き上がってくるなんて・・・。
あたし穂積さんをこんなに好きなんだなって思い知らされた。
ラジオから定番のクリスマスソングが流れてきた。
「もう直ぐクリスマスなんだな。」
って穂積さんが言った。
去年のクリスマスは幸成と一緒に居たんだっけ・・・。たった一年前の事なのに遠い昔の話に思えた。
「何か欲しい物とか、ある?」
あたしは首を振った。
「ない、かな。」
「少し考えてみて?」
「うん。」
あるけど、それは強請っちゃ駄目なんだよね。解ってる。
解るけど、こんな素敵な時間をくれたら欲張っちゃうよ。
「穂積さんは?ある?」
「・・・ない、かな。」
ハンドルに軽く片手を宛がって遠くを見て、あたしと同じ答えを返した。
「仕事どう?いや大変なのは解ってるんだけど・・・。」
「大変。でも頑張れる。穂積さんも頑張ってる事思ったら、あたしも頑張れる。山本さんも凄く頑張ってるよ?」
あたしはドリンクホルダーのコーヒーを手に取り、プルタブを引いた。
そしてホルダーに戻す。穂積さんがそれに手を伸ばした。
「ありがとう、青山。」
「正直、山本さんがあんなに頼れる先輩だとは驚きです。」
「それは同感だな。入って4年・・・うん、良い仕事っぷりだと思う。」
「山本さん、それ聞いたら喜ぶと思う。」
「でも俺の文句も言ってたろ?」
「・・・えへへ?」
「言うね、あいつは。でも、そうやって発散出来てるって事なんだよね、山ちゃんは。」
「うん、口で言うほど思ってない感じがする。あ穂積さん、水嶋さんにもっと経理の仕事見ろーとか言われたの?」
「え?水嶋に?」
ちらっとこっちに視線を投げた。
「うん、だって一昨日残業するあたし達を見兼ねて、残業してるって事は明らかな人手不足だって、山本さんとあたしに倒れられたら困るから、穂積にちゃんと言っとくって・・・。」
「何にも言われてないよ。」
「じゃあどうして昨日の朝、早く出勤してたの?最初から来る予定?」
「・・・メールに青山の寝顔の画像が送られてきたんだ。」
「え?!」
「ほら、タクシーの?その5分後に山ちゃんの寝顔も送られてきたの。」
「山本さんも?」
穂積さんは口の端を少し上げた。
「改めてね、あー俺二人に無理させてんだなって・・・。俺のやった事って、どうだったの?って・・・。」
「間違ってない。穂積さんのした事は間違ってない。」
「・・・水嶋もそう言ってくれた。だから俺も自分がやった事信じて、今迄以上に仕事やらないとって思ったんだ。最近ちょっと気持ちが揺らいでたんだけど、引き締まった。」
水嶋さんもそういう風に穂積さんの背中押してあげてたんだ。
「あたしも頑張る。」
「力強いけど、青山は十分頑張ってるよ。」
「水嶋さんと同じ事言うー。」
あたしは笑った。
「水嶋?」
「うん、水嶋さんって本当にあたし達の強い味方な気がする。」
「・・・うん、そうだな。」
車は湯沢インターで降りた。