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土曜日10時きっかりにあたしのアパートの下に、穂積さんの車が停車した。
小さめの黒の外車だった。いかにもっぽくて、格好良いと口にしてしまった。
あたしは小さな旅行バッグと共に車に乗り込んだ。
「おはようございます。」
「おはよう、青山。」
車は直ぐに発信し、練馬インターから高速へ進入した。
「何処行くんですか?」
「温泉旅館。温泉とか、好き?」
「好きですよー、専門の時の友達と一回行っただけですけど。」
穂積さんは微笑ましそうにあたしの話を聞いてくれた。
「穂積さんは、今迄旅行は何処行ったりしました?」
「今日は敬語、止めない?」
「え?」
「二人で会う時くらい、良いと思うんですけど?」
「・・・は、うん。でも・・・うん、敬語言わないようにする。」
「はは、そうして?青山。」
時々、事故渋滞にハマったりしつつ、車は関越道を走り抜けていた。
ビルの景色が開け、木々が多くなり、田畑が見え始めた。
仕事が少し落ち着き始めたから時間が取れたって穂積さんは言ったけど、これから岩根部長の民事裁判も始まるし、今日のこの時間は穂積さんがあたしの為に作ってくれた時間なのだと思う。
疲れてるんだろうけど、それを全く見せなかった。
「次で一回止まろうか。」
「はい。あ、うん。」
穂積さんが又笑った。穂積さんのこの笑顔、久しぶりに見た気がした。
赤城高原サービスエリアへに着き、車を降りると穂積さんは、軽く伸びをした。
あたしもショルダーバッグを肩に掛け、車を降りた。
天気も良くて、空気が美味しかった。
「ちょっと寒いけど、気持ち良いー!空気、美味しいね。」
穂積さんがあたしを見て、優しく笑ってた。
「?」
「うん美味しい。お腹はどう?」
「空いたー!何か食べたい。」
あたし達は並んで歩くと、どちらからでもなく自然に手を繋ぎ、歩き出した。
あたし達の事を知る人なんて此処には居ない。
「チョコ食べたい。」
「チョコって・・・それコンビニで良くない?」
「小腹に甘い物ですよー。あー・・・又使っちゃった。」
「ふっ。あ肉まん売ってるよ、半分こしようか、青山。」
「あ食べたーい!」
売店で肉まんを一つ買って、あたし達は外のベンチでそれを食べ始めた。
「いただきます。」
かぶりつくあたし。手もあったかいし、体もあったまってきた。
11月も後半に入り東京よりも、群馬は格段寒かった。
「夏の始まりにさ、青山、肉まん食ってたよな、あれ笑った。」
「あ、あったあった。そんな事。確か、人に負けておにぎりとか買えなくて、レジ前で思わずオーダーしちゃったんですよね。」
「そんな事だろうと思った。」
あたしよりも先に穂積さんは肉まんを食べ終え立ち上がり、遠くを見渡した。
あたしは肉まん片手に立ち上がり、穂積さんの隣に立った。
穂積さんに倣い、あたしもそうすると、さっきまで気づかなかったのが嘘みたいに目前に雄大な山々が広がっていた。
「・・・凄い。凄ーい!あれって谷川岳?」
「うん、凄い。」
あたしは暫くそれに見とれていた。
自然と文明が混在してる。不思議だった。
「俺、青山のそういうとこ凄いと思う。」
「え?」
穂積さんが又ベンチに腰掛けた。あたしもそれに続いた。
「美味しい物を美味しいって顔して食べるとこ、空気が美味しいって気付く事、景色が綺麗だとそれを愛でる事。」
「だって、そう思うから・・・。」
「それ、皆が皆当たり前に持ってる感情じゃないんだよ?青山。」
そうなの?
「・・・そう?かな・・・?」
「うん、持ってたけど忘れる大人も居るしね。」
「穂積さんは?」
「・・・忘れかけてたかも。青山に会わなければ、そんな風に思える自分も居なかったかも。」
「忙しくてそう思える時間がないだけかもしれないよ?忘れたんじゃないよ、きっと。」
「・・・ふ、そうなのかぁー・・・そうだな、そうかも。」
「そうそう。」