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「え?青山さん?!」

遠くに声が聞こえた。タクシーん中あったかい・・・。

「家どこ?!山ちゃん知ってる?」

「し知らないっス。た、確か板橋・・・。」

車の暖房と微妙な振動があたしを夢の中へと誘ってしまった。


随分と良い気持ちであたしは眠っていて重い瞼を開けると、左側に居た筈の山本さんが居なかった。

あれ?

あたし・・・。

右側に思いっきり体を預けて眠っていた体を起こし、目を見開いた。

「お疲れ。」

「水嶋さん!うわっす、すみません!!」

「家何処?青山さん。」

「あ、中板です。」

「運転手さん、中板まで。」

「はい。」

外はネオンと車のライトが光っていた。

「山ちゃんが亀戸だって言うから、先に行ったの。今、池袋方面に戻ってる途中。」

水嶋さんが一つ欠伸をした。

「・・・すみません。」

「何で謝るの?疲れてんの解ってるから。」

水嶋さんは腕組をして外を見ていた。

あたしも左側に移ろうと少し腰を浮かせる。

「・・・穂積にはこの状況ちゃんと伝えるよ。君の為じゃないよ。過労で倒れられても会社としても困るからね。」

「でも・・・経理を手伝う人なんて居るでしょうか。」

「居ないよ。穂積の代わりは誰も出来ない。あいつがやるんだよ、青山さん。」

「でも・・・今は、総務全体見る人だから。」

「全体見て、経理課の能力に不足を感じれば、あいつがそこを埋めるしかないでしょ。」

「能力不足・・・?」

「今迄残業してた?・・・してないよね。って事は以前より、落ちてるって事でしょ。それは明らかに人手不足で起きてる事だよ。山ちゃんでも青山さんの落ち度でもない事。」

・・・嫌がらせも勿論あるけど、山本さんとあたしが全力で仕事をしても、ほぼ毎日残業をしてる。

あたしは自分の力不足が悔しかった。

「穂積がね、君を面接した時の話をしてね、すげー出来そうな子が4月に来るよって言ってたのを思い出すよ。」

あたしは水嶋さんを見た。

水嶋さんはずっと流れる景色を見て話をしていた。

「実際、本部に来て君の仕事振りを見てきたけど、穂積が期待して育ててきたのが良く解ったし、君の頑張りには目を見張るよ、青山さん。」

「・・・ありがとうございます。」

「今でも十二分に頑張ってるよ、青山さんは。大丈夫、焦らないで、この調子で頑張って。」

・・・水嶋さんは、あたしが欲しい言葉を知ってるみたいに、絶妙なタイミングでそれをくれる人。

「俺が青山さんを好きになるとか、穂積、思ってないんだろうな。」

その台詞の後に、水嶋さんはあたしの方へと顔を向けた。

いつもの冗談言ってる顔じゃなくて、あたしは返答を詰まらせた。

水嶋さんが悪戯顔で鼻で笑った。

「なったらボッコボコに殺ラレそうだから、なんねーけど。」

あたしは脱力した。

「でも、穂積が君を本気で好きになったのが解る気がするよ。」

水嶋さんは又、窓の外を見て、こう続けた。

「俺ね、本気で好きだった人が居たんだけど事故で死んじゃったの。それから何かね、失くすのが怖くてね、本気で人、好きにならない体質になっちゃったんだよねー。」


いつも陽のイメージしかない水嶋さんの過去。

今、人の事考えるほど余裕もないけど、水嶋さんが本当に幸せになれば良いなと、あたしは思った。


無言の時間が長く続いてタクシーはあたしのアパートの前で止まった。

「ありがとうございました、今日は。」

「いえいえ、お疲れ。又明日会社でね。」

タクシーの料金は深夜料金に割り込み、既に8000円以上の金額が映し出されていた。



12



「青山さん、昨日大丈夫だった?」

あたしが席に着くと直ぐに山本さんが声を掛けてきた。

珍しく穂積さんが、あたしの斜め前の席に座っていた。

「おはようございます。・・・すみませんでした、起きたら山本さん居ないんで吃驚しましたー。」

昨夜は直ぐにお風呂に入って寝てしまった。朝の電車で穂積さんには、メールを打った。

「水嶋さんの肩にずっともたれて寝てて声掛けても全然起きねーんだもん。」

「山ちゃん、この試算表これでオッケー。それから、これは仮払いにしておいて。」

あたしの机に置いてあった領収書の束も、穂積さんのチェックが入っていた。

「ポストイットの貼ってある所は直しておいて、青山。それから買掛の支払表、作成済み?」

「はい。」

「それチェックするから、共有ファイルにバックアップしといて。請求書も机に置いといて、今日中にやっておく。」

「はい。」

「じゃぁこれから、出掛けてくるから。」

穂積さんがオフィスを後にして、山本さんがあたしの隣に来て書類を渡す振りをして小声で言った。

「水嶋さん、穂積さんに何か言ったんだろうな。俺らの今週分の仕事殆どチェックしたっぽいよ。さっきパソのタイムカード見たら、5時に出社になってたし。」

「何て言ったんでしょうね。」

「な。同期でライバルで友達って、何か良いな。」

あたしは頷いた。

あたしもあたしなりのペースで頑張ろう。


午前中はあっと言う間に過ぎて、あたしはコンビニにお昼を買いに出た。

ロビーで水嶋さんの背中を見つけて、あたしは声を掛けた。

「水嶋さん、昨日は有難うございました。」

「あぁおはよう青山さん。」

「穂積さんに、何て言ったんですか?」

「え?」

「今日穂積さん、朝早く出勤してあたし達の仕事、殆どチェックしてくれてましたよ?」

「あ、そうなの?それはそれは。」

結局、水嶋さんは何て言ったかを教えてくれないまま、あたしより先を歩いた。

残念。

「今度は、水嶋さん?」

あたしの後ろで小さく笑う女の人の声がした。

振り返ると、西野さんと金田さんが財布を抱えて、あたしの横を通り過ぎようとしていた。

「どういう意味ですか?」

あたしは聞いた。

「穂積さんの次は、水嶋さんと仲が良いんだなと思って。」

金田さんが、嫌味な顔つきで言い放った。

あたしは唇を噛んだ。

どうして、この人達はこういうレベルでしか人を見ないんだろう。

西野さんと金田さんがビルを出る後ろ姿をあたしは苦々しい気持ちで見送っていた。

その先に、水嶋さんが見えた。

水嶋さんが立ち止まって、こっちを見てた。

西野さん達がその水嶋さんの前を、慄くように、足早に通過した。

何人かの人達が何事かと言うように、振り返ったり立ち止まったりしていた。

水嶋さんが、あたしの元へとゆっくり歩いてきた。

あたしの顔を見るなり、少し悲しそうな表情を見せた。

そして徐に、水嶋さんは右手の親指であたしの唇をなぞった。

あたしは何が起きたのか理解不能で固まった。

「血、出てる。」

水嶋さんの親指に血が付着していた。あたしは慌てて自分の口を覆い隠した。

ポケットから出したミニタオルを、水嶋さんへ差し出す。

「これ使って下さい。」

水嶋さんは、親指のあたしの血を舌で舐め上げた。

「みず・・・。」

そして本当にビルから、街へと出て行った。


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