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経理の仕事がやりにくくなったのは確かだった。
ある営業所は、週毎に送ってくる筈の経費の領収書を月末近くになって送ってきたり、売上データの催促をすると
「すみません、うちは仕事遅くてー。」
と嫌味を言う。又それを言うのが、営業所長なのだ。
穂積さんは、総務部全体を見る立場になったので殆ど、経理の仕事はしなくなった。
山本さんとあたしが定時を過ぎて、何とかこなしていると言った状態だった。
西野さんも金田さんも経理の仕事を手伝ってはくれない。
17時半を過ぎると、外は真っ暗だった。
「・・・はぁー・・・終わんねー・・・。青山さん、どう?」
「今やっと、領収書の整理が終わったんで、入力です・・・山本さんは?」
「これから入力して、試算表出すとこ・・・。何で俺らだけ、こんな目に合わねーといけねーんだよ、ったく。穂積さん、今日接待だってよ!」
総務部長になってから、社長や副社長、常務なんかと何処かの会社の接待に行く回数が増えていた。
あたしは、山本さんのこの愚痴には軽く付き合う事に決めている。
穂積さんの為だと、あたしは言い聞かせる。
水嶋さんの言っていた通り、あたしの立場が劣勢になると穂積さんが悩みの種を抱えるだけだ。
穂積さんのやった事は間違ってなかったと、あたしは思うし、時間がかかっても他の人にも納得して欲しい。
「おーお疲れー。山ちゃん、青山さん。」
「水嶋さん、どうしたんスか?」
「営業開発の奴らと飲みに行ってたんだけど、会社に携帯忘れてたの気づいて中抜けー、したら7階電気点いてたから、寄ってみた。」
「飲みっスかー、良いっスねー。俺久しく飲んでないっスよぉ。」
「何だよ毎日残業してんの?」
「そうなんですよー、なぁ青山さん?」
「はぁ。」
「穂積知ってんの?」
「さぁ、もう俺ら関係ないみたいな調子ですよ。社長付きみたいになってますから、今。」
「おー今の穂積に俺から言っとくよ、山ちゃん。」
「・・・やばいっス。勘弁して下さい!」
「それって今日やらないと駄目なの?」
「来週締めがあって給与計算もあるんで、出来れば今日でこれ終わりたいんですよ。」
「青山さんの方も?」
「はい。」
水嶋さんが穂積さんが座っていた椅子に腰を下ろした。
「穂積一人居ないだけで、二人の負担がかなり変わったって事?」
「俺はそうですけど。青山さんの方は西野とかが全然手伝わなくなったんで、青山さん未だ知らない仕事もあるのに相当忙しくなったと思います。」
「・・・あぁ青山さんって、未だ一年経ってなかったんだよな。錯覚するよ。知らない仕事はどうしてんの?」
「前の見て確認してから、山本さんにも確認して、それでも解からない時は穂積さんに社内メールとかで聞きます。」
「・・・誰か此処に回せないの?」
「誰も来たくないでしょ、今は。」
山本さんが言った。
あたしは入力を始めた。
山本さんもそこで話を切り上げた。
「こんなの見て、じゃお疲れって言えないんで、何か手伝うけど、俺が出来ることある?」
「・・・二人とも入力なんで、大丈夫です。後は何とかなります。」
山本さんが水嶋さんの申し出をやんわり断った。水嶋さんも納得した様だったが、帰りづらそうだった。
「・・・じゃあさ、終わったら呼んで?俺6階で、仕事してるから。3人でタクシーで帰っちゃおうぜ。俺が小口申請すれば角も立たないでしょ?」
そう笑いながら、水嶋さんは6階へと下りて行った。
「じゃぁやりますか。」
「はい。」
それからあたし達二人は経理ソフトへの入力を黙々とこなした。
キーボードの音だけがフロアに響いていた。
入力が終わって、時計を見たら21時近かった。
「青山さん着替えて6階に行きなよ。俺ももう直ぐで終わる。」
「あ、はい。解りましたー。」
山本さんより先にオフィスを後に着替えを済ませると、営業開発部に向かった。
「お疲れ様です・・・。本当に仕事してた・・・。」
「青山さーん、もしかして寝てると思ってたんじゃないの?」
水嶋さんが悪い顔で笑った。
「思ってました。」
「酷ーい。・・・俺も結構苦労してんのよ、営業所と本部じゃ客層が違うし、何より木下がやってた以上の事やらないといけないからね。」
「・・・そっかぁ、何だか凄い同期ですね。穂積さん、水嶋さん、木下さん。デキル人達じゃないですか。」
あたしは疲れ切ってて、自分の喋り方がやたらトロイ事に気づいた。
「穂積と木下が居たから俺も此処まで、やってこれたんだと思うよ。」
水嶋さんが机の上の書類を片付け始めた頃、山本さんが階段を下りてくる音が聞こえてきた。
3人が乗ったタクシーが池袋駅周辺を出ようとする辺りで、あたしの瞼は完全に落ちてしまった。