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「これ、小口申請しといてくれる?青山。」
結構な束の領収証を穂積さんから渡された。手に取ると、束ごとにポストイットで”交通費”や”会議費”などと明記があった。
「いつまでに?」
「今日中にやってくれれば良いよ、青山。」
穂積さんは、書類を見つめテンキーを叩いていた。
とにかく忙しい人。高卒でこの会社に入って、14年。ノンキャリから役職にまで就いたデキル男。
穂積さんを信頼してる上司も部下も多いようだ。
あたしもその一人だ。
入社して一ヵ月が過ぎた。最初の一週間位は西野さんについて庶務的な事をこなしていた。ところが”お試し期間”が過ぎた頃、穂積さんはあたしにも色んな仕事をさせてくれた。
本部ではない営業所に配属された同期の女の子に聞いたら未だに、お茶とコピーと伝票整理しかやらせてもらってないと言っていた。
穂積さんは言った。
「社内では新人でも、お客から見たら会社の一部だからね、早く一人前の仕事をして欲しいんだ。」
そう本部に配属された新入社員に、聡明に語った。
あたしは本部に来れた事に感謝した。
「青山さん、ランチ行く?」
「あー今日はコンビニ行きます。」
西野さん達先輩はよく外ランチしてるけど・・・毎月どうやってやりくりしてるんだろ・・・。
専門学校卒業と同時に一人暮らしを始めたあたしとしては、親の仕送り2万円もらっても家賃、光熱費、食費と、結構な出費に、給料日が待ち遠しくして仕方ない。
「あ俺もコンビニ行くよ、青山。」
あたしがお財布を持ちオフィスを出ようとしたその後ろに、スーツの上着に袖を通しながら穂積さんが近付いてきた。
「階段で下りようよ。青山。」
「あ、はい。元気ですね、穂積さん。」
「・・・歩けよ、下りくらい。」
「はーい。」
数段前を下りる穂積さんがリムレスの眼鏡を外し、上着の左胸ポケットに挿し入れた。
「あれ、眼鏡無くても見えるんですか?」
「乱視があるからボヤけるんだけど、全く見えない訳じゃないんだ。青山は?目良い?」
「あたしはコンタクトです。本当は花粉症なんで眼鏡にしなさいって眼科の先生には言われてるんですけど。」
オフィスの外に出ると、太陽の光が眩しかった。
あたし達二人はコンビニに向かって歩いた。徒歩2分といった所だ。
「穂積さんは愛妻弁当とかじゃないんですか?」
あたしは思わずニヤついた顔で聞いてしまった。
「うちのかみさんは、俺より忙しく働いてる人だからねー、料理とかはたまにしかしないよね。」
穂積さんは苦笑いをした。
コンビニはお昼を買う社会人たちで溢れ、戦いにさえ見えた。
「へぇー奥さまは何してる方なんですか?」
「雑誌の編集長。」
穂積さんは、玉子サンドとツナのおにぎりを取った。
あたしは群れの中に入り込めないでいた。
「穂積さん、先行っていいですよ。」
買うべき物を手に入れた戦士は退却!と思い、そう言ったあたしの手に戦利品をもたらしてくれた穂積さん。
「俺、マルボロライトね。」
あたしはレジに並び、玉子サンドとツナのおにぎりとマルボロライトの金額を支払ってコンビニの外に出た。
お店の入り口で煙草に火を点けようとしていた穂積さんは、レジ袋の中からマルボロライトだけを抜き取って、軽く手を上げ、駅前へと続く道を歩いていった。
オフィスの机の上に、サンドイッチとおにぎりを二つ並べて、繁々と見つめた。
「大人だなー・・・。」
ぼそっと独り言を言ってみた。