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11月にメールの辞令があり、岩根部長の件も人事部の辺りからちょっとずつ情報漏洩が始まった。
それからが、酷い毎日の始まりだった。
朝何時ものように給湯室に向かうと西野さんと金田さんがコーヒーを用意していた。
「おはようございます。」
変わらぬ挨拶をするあたしに対して二人の表情は固かった。
「・・・青山さんも、岩根部長の事、穂積さんと調べてたの?」
「え?」
「だとしたら・・・穂積さんの味方って事よね?」
「味方って・・・。あたしもこの前のメールで知って吃驚したんですけど・・・。」
穂積さんから、そう口止めされていた。
「そっか。なら良いんだけど。ちょっと穂積さん、やりすぎじゃない?って殆どの人言ってんだよね。」
「やりすぎ?」
西野さんと金田さんが目を合わせる。
「だって今迄一緒に仕事してきた部長をさ、蹴落とした訳でしょ?!それで自分が取って代わって総務部長じゃ、厭らしいじゃんね?」
「ねぇ?!」
・・・蹴落としたって・・・。あたしは両手を強く強く握り締めた。
「社長にチクるんじゃなくてさ、先ず岩根部長に言って何とか丸く収めるべきだったんじゃないの?」
「そうそう、そこまで出世したいのかーっつーの!」
「ちょ」
後ろで壁をノックする音と共に声がした。
「おはよー。社長達コーヒー待ってるんじゃないの?」
西野さんと金田さんがヤバイって顔をして、給湯室を後にした。
「・・・よく堪えたね。青山さん。」
「水嶋さん・・・。」
水嶋さんの顔を見たら、あたしは苦い思いを思いっきり表情に出した。
「あたし・・・悔しい・・・。何であんな掌返すような事・・・。」
「残念ながら世の中、正しい事をした奴を、全ての人間が評価する訳じゃない。」
それが又悔しい。
穂積さんがどんな思いでいるかも知らないくせに、その時その時だけで批評をする。
「真面目にやってる事を、どうして認めないんですか!」
あたしは、目にいっぱいの涙を溜めていた。
会社で泣くのだけはしないと、社会人になる前から決めていた。
女が仕事場で涙を流すのはズルイと思ったからだった。
「・・・青山さん。君はここで賢い振舞いをしなくちゃいけない。君がもし、穂積の味方になって、さっきの彼女たちを敵に回したとしよう。総務部の女性は君達3人だけだ。どれだけ仕事がやりにくくなるか知れない。しかも、それに耐える君を、穂積はどんな思いで見守ると思う?」
「・・・。」
「穂積が又、苦しむだけだよ。前に言ったよね。これからの君達に俺は必要な駒だって。」
水嶋さんはあたしの肩を優しく2回叩いた。
「今は耐えろ。とにかく仕事の事だけ考えろ。それでも今みたいに嫌な思いしたら俺に言って?その件に関しては俺が引き受けるから。俺は、君達の味方だよ。」
ズルイと思ったけど、涙は零れてしまった。
そんな優しい事を言われたら、堰き止めてはおけない程のいっぱいの気持ちが溢れ出てしまった。
・・・穂積さんは色んな事を見据えて、あたしの何歩も先を歩いてるのかもしれない。