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唇が触れただけのキスを交わして、あたし達はロフトの上の小さな布団に入った。
隣に体温がある。
それだけで、安心して眠りに就ける。あたしは穂積さんの左腕に掴まるような形で夢の中へと落ちて行った。
朝、小鳥の囀りで目が覚めた。目を開けると、そこに穂積さんが居た。
左手で頭を支え、あたしを覗き込むようにしていた。
「いつから・・・?」
「大分、前かな。」
穂積さんの右手があたしの髪に触れた。
「・・・青山・・・今、会社の事で色々あって頭を悩ませてる。木下の事もある・・・。」
「はい。」
「けど今は話せる状況にない。だから、俺が話をするまで不安になるかもしれないけど、待っててくれる?」
あたしは頷いた。
聞き訳の良い女を演じるつもりじゃない。
穂積さんがあたしに、待ってて欲しいと言うから、あたしは待つだけ。
「経理の青山です。売上データ送って貰えますか?」
いつもの作業をして、日々を過ごした。
各所から上がってくる領収書の整理をする。
あれ、開発のがない。内線をダイヤルする。
「もしもし経理課の青山です。あれ、吉岡さんは・・・。」
軽い調子の水嶋さんの声が返ってきた。
『青山さーん。吉岡なら、席外してるけど、何?』
「開発の今月の領収書頂きたいんですけど・・・。」
『あー。俺がハンコ押さなきゃいけない奴?』
「そうです。」
『ごめーん、俺の机ー。今押しとくから、ちょっとしたら取りに来てくれる?』
「はい。」
今日も穂積さんは社長室と自分の席の往来を繰り返していた。
一日一回はメールをくれた。
それは他愛もないメールだけど、忙しい中でもあたしを忘れずにあたしの為のメールを打ってくれた、それが愛おしく思えた。
10月になって、夜が透明感を増して木の葉がアスファルトに舞った。
「あったかいの食べたい、俺。」
あたしは水嶋さんに誘われて、穂積さんと3人で居酒屋に来ていた。
「でもビールなんですね。」
空かさず突っ込みを入れてしまうあたし。
水嶋さんと居ると全てが笑いの方向へと行ってしまう・・・。
あたしは穂積さんのお猪口に熱燗を注いだ。手酌しようとすると穂積さんが咥え煙草をしたまま、あたしのお猪口に徳利を傾けた。
あたしは軽く頭を下げた。
「お前ちゃんと食べてんの?何か痩せない?」
「あんまり食べてない気がする。」
確かに顔が少しほっそりした。家で美帆子さん、ご飯作ってないのかな・・・。
「体が資本!って事で俺、焼き鳥盛り合わせとお薦めサラダとお新香ね、お姉さん。青山さんは?」
「あたしは・・・エイヒレ。」
穂積さんが笑った。
「相変わらずチョイスが渋い。」
「酒、強いんだって?前に庄司君が言ってたよな?」
水嶋さんが穂積さんに問いかけた。
庄司君・・・。どうしてるのかな。PAUSAにも行ってない。
神谷さんからのメールも返信しないせいか、もう来なくなってしまった。
「俺だろ?青山が酒強いって言ったの、水嶋。」
「・・・そうだったと思う。」
水嶋さんはあたしの方を向いて笑顔を作った。
この二人本当に仲良いんだ。思わずあたしも顔が綻んだ。
穂積さんとこんなにゆっくり話が出来るのも、お酒を一緒に飲むのも久しぶり。
運ばれてきたサラダを適当にお皿に分け、配膳する。
「今日は二人に先に話しておきたいことがあるんだ。」
あたしは箸を置いた。
「・・・水嶋にはちょっとだけ話してた事だけど、本決まりになった。11月1日付で辞令が出る。」
辞令?
「総務部長の岩根さんを横領の罪で告訴する。」
「横領?」
あたしは声にして聞き返してしまった。
水嶋さんが
「決まったんだな。」
と言った。穂積さんが頷いてから、あたしを見た。
「俺が新しい総務部長に就任する事になった。」