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9月も中旬を過ぎると、夜の空気が冷たくなった気がした。

あたしはベランダから洗濯物を取り込み、ソファの上で綺麗に畳んでいた。

あたしが会社から帰宅したこの時間に、大抵穂積さんからのメールが届く。

土日にどっか行けるとか、そんな普通な事が出来ないあたし達を繋ぐのは、この端末。

「・・・あれ?」

あたしは携帯を確認する。電波も大丈夫だし、時間も18時半。

メールが来ない。

今日も帰り際、社長室に呼ばれてたから、きっと忙しいんだろう。

営業開発の売上が思ったより鈍いようだった。

穂積さんが最近よく難しい顔をしてる。

・・・愚痴でも何でも良いから、話して欲しいのにな。


メールも電話もない金曜の夜。・・・もうすぐ明日になろうとしてる。

こんな事は初めてだった。

急に不安が襲ってきた。もしかして、あたしとの事が誰かにバレたとか・・・。

焦燥感を抑えきれず、あたしは6畳の部屋を右往左往した。

そんな時に携帯が震えた。

穂積さんからの電話だった。

「も、もしもし?!」

『・・・青山?』

「は、はい。」

『今から青山んち行っていい?』

「・・・え?!うち?」

穂積さんから返答は無い。

パジャマの自分を確認した。

「い、良いですけど、何時に。」

『良かった。』

今度はドアをノックする音が耳に届いた。

「え?!」

まさか。

あたしは、小走りにドアに近づきドアスコープを覗いた。

誰の姿もなく、渡り廊下の壁が見えるだけだった。

携帯を又耳に当てる。

「穂積さん?」

通話終了の音が聞こえてきた。

あたしはドアを押し開ける事を決め、解錠する。

ドアを開け、左側に人影を確認する。

穂積さんが疲れた顔で、でも少し笑った顔を見せた。


あたしは此処にいる穂積さんを見てもなお、今ここに起きてる事が半信半疑で仕方なかった。

穂積さんがあたしんちに居るなんて・・・。

「お邪魔します。」

そう言って穂積さんは靴を脱いだ。

「あ、はい。」

穂積さんの脱いだ靴を履きやすいように並べ、あたしも穂積さんに続いた。

煙草とお酒の匂いがした。

誰と一緒だったのかな。

「水嶋と飲んでたんだ。」

「え?」

穂積さんがソファに腰を下ろした。携帯を上着の内ポケットに仕舞い込む。

「今、誰と飲んでたのかなって思わなかった?」

「お、思いました。だから吃驚して・・・。」

穂積さんは笑った。

「お水、飲みますか?」

「うん。」

あたしは小さな冷蔵庫を開けてペットボトルを出し、コップに注いだ。

自分の手を見て、パジャマだった事を思い出す。しかも素っぴん。

あたしはローテーブルにコップを置き、そそくさとクローゼットからパーカーを取り出し羽織った。

「ごめんね、もう寝るとこだった?てか寝てた?」

「寝てない、です。何かDVDでも観ようかと思ってたくらいで・・・。」

「青山はどういうの観るの?」

あたしはテレビの下のラックから、一本取って穂積さんに見せた。

「へぇーこういうの観るんだぁ。」

「主人公がダメダメなんですけど、最後には仲間と勇敢に戦うんですよ!プライムってのが又格好良いメカで・・・。」

穂積さんは頷きながら、あたしの話を聞いてくれてた。

「・・・ごめんなさい。こんな話、面白くないですよね。」

「何で?俺、青山の事知りたいよ?」

時々、穂積さんはさらっと、こっちが恥ずかしくなるような事を言ってのける。

「見ようか、これ。」


スーツの上着を脱いだ穂積さんに、あたしはあの黒のカーディガンを差し出した。

「・・・あぁ。」

あたし達はソファに並んで座って、テレビの音量を微妙に下げてDVD観賞を始めた。

不思議。穂積さんとこんな時間を過ごせるなんて・・・。

・・・あたしの家に来るなんて、危険な事だよね。

何かあったのかな。何か。

画像が目に映るだけで、内容は頭に入ってこない。

あたしは穂積さんを見た。穂積さんがあたしを見てた。

デジャヴ・・・。

そうだ、銀座のコーヒーショップで会った時に、こんな事があったんだ。

「・・・あの時、青山への気持ちを確信したんだ。」

確信・・・?

「面接で会ったって言ったでしょ?それから印象に残ってて、一緒に仕事したりして勝手に意識して・・・。」

穂積さんが観てもいないテレビ画面を見た。

「あんな偶然なかなか無いと思うよ?あんな広い街でさ、急な雨で、俺が居た店の前に青山が雨宿りしに来るなんて。」

「・・・うん、ですよね・・・。」

奇跡のような偶然だったと思う。

「俺、本読んでたの、覚えてる?青山。」

「覚えてますよ。で、あたしはカップで手をあっためてたんです。」

「・・・何て言っていいのか。それが当り前の時間みたいに思えたの、俺が居て隣に青山が座ってて。」

「あ、あたしもです!心地良いって言うか、何も話さなくても繋がってるみたいな・・・。」


穂積さんがあたしを引き寄せて抱き締めた。


あたしも小さな体で、穂積さんを包んだ。だって、そうするべきだと思ったから。


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