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9月を迎え、会社はバタバタとしていた。
営業所閉所、異動と、データの変更をしたり顧客管理の変更その他諸々。
内線が鳴り、受話器を上げる。
「はい経理課です。」
「水嶋でーす。穂積さん居ます?」
「はい、お待ちください。」
穂積さんに代わる。砕けた口調で話し出す穂積さん。
水嶋さんとは同期で本当に仲が良いらしい。
西野さんが言ってた。
水嶋さんのこれまでの尽力とか勿論あるけど、今回の営業開発部の部長就任は穂積さんの口添えが絶対あった筈だって。
「俺に言うなって!・・・解った!解った、後で届けてもらうから。え?それと?持って来いよ、んなもん!」
電話を切った後、穂積さんは脱力してた。
「・・・青山、悪いんだけど、ここにあるもの一式揃えて水嶋んとこに持っていってくれない?」
結局、水嶋さんの言い成りになってる穂積さんが可愛かった。
「はい、お持ちします。」
穂積さんはもう一度メモに走り書きをしてから、あたしに手渡した。
メモ紙の下の方に『水嶋、了承済み』と大きく丸で囲ってあった。
その他には、電卓やボールペン、マウスパッドと至って極普通の事務用品名が記されていて、そこだけ話が繋がっていない。
了承・・・。
穂積さんとあたしの事を知ってるという意味?
あたしは穂積さんの方を見た。
穂積さんもあたしの疑問に答えるように、こう言った。
「そういう事。青山。」
あたしは一瞬戸惑った。
二人で、守りあっていく筈の秘密をこんな簡単に人に、話してしまえるものなの?
仕事の合間に水嶋さんの事務用品を揃え、お昼近くになって6階へと下りて行った。
「・・・お疲れ様でーす。」
木下さんが在籍していた時とは雰囲気が違っていた。
水嶋さんを中心に、その場でミーティングをしている様だった。
「こんなに一ヶ月で上げるんですか?」
「新宿で持ってたお客が、ここにも来てるんだよ?やるんだよ。」
「水嶋君、新宿から来たばっかりの佐々木と浅川も居るんだから、こっちのやり方も勉強してもらわ・・・。」
「海藤主任、自分も新橋からの異動です。その自分が長になったんですから、今迄のやり方に固執しないで頂けますか。」
海藤さんは何も言えなくなってしまった。
・・・32歳の若さで営業開発部の部長になっただけの事はあるんだな・・・。
「ではミーティング終わり。13時から佐々木と浅川は俺と面談ね。」
あたしに気づいた水嶋さんは片手を挙げた。
「持ってきてくれた?青山さん。」
あたしは水嶋さんの机に歩み寄った。
「あーありがとありがと。俺ね、ゲルインキのボールペンじゃないと駄目なんだよね。」
「水嶋さん、事務用品の在庫は7階のキャビネットに納められてて、必要ならそこから勝手に取っていって下さい。」
「あ、そうなんだ。了解です。じゃ、お近づきの印にランチでも行こうか、青山さん。」
「は?え?え?」
あれよあれよで水嶋さんはあたしの肩を抱き、EVへと乗り込んでしまった。
時計の針は正午5分前だった。
「困ります!」
「たまには良いんじゃないの?13時より前に仕事始めれば問題ないでしょ?」
「・・・。」
仕事の顔とプライベートの顔は丸っきり違うタイプの様だ。
1階のロビーへと下りる。
「青山さん、一つ言っておきたいんだけど、あいつは軽い男じゃないよ。」
あたしは立ち止まる。
「君達がこれからやろうとする事は簡単な事じゃない。」
水嶋さんが振り返った。
「昨日の夜わざわざ家に来て、君との事を言いに来たんだよ。・・・これからの事に、俺が必ず必要な駒だと思うよ。」
穂積さんが、水嶋さんに・・・。
「・・・何があっても、あいつを信じてやって欲しい。」
胸が苦しくなって、涙が零れ落ちそうになった。
EVから続々と人が降りてくる。
「青山さん、俺蕎麦好きなんだよね。何処か美味しいとこ知ってる?」
あたしは水嶋さんの隣に駆け寄った。
水嶋さんにしか聞こえない声で、あたしは誓って言った。
「信じます。」