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昨日の夜はあんまり眠れなかった。
デパートで穂積さんと会った時から、お茶、ご飯、駅で別れる迄を擦り切れる位思い返していた。
携帯の画面に表示された『穂積智志』の名前と番号。
会社用の番号とは違っていた。
穂積さんの名前をあたしの携帯に登録してあるのは、不自然な気がして名前の変更をした。
『うさぎ』にした。
自分で笑った。穂積さんに話したら、何て言うかな。
朝の満員電車も気にならない程、あたしは別世界に居た。
改札を出て構内を歩いていると、西野さんに会った。
「おはよう、青山さん。」
「あ、おはようございますっ!」
「・・・何か月曜なのにテンション高くない?」
「・・・もう直ぐお給料日なんで・・・えへ?」
「あ、そうだね。お給料って言えばさ、此処だけの話なんだけど・・・。」
人事課の西野さんの”此処だけの話”は、少し驚きだった。
売上が落ちてきた新宿の営業所が閉所するらしい。
営業マンを営業開発と、横浜、西東京の営業所に分けると言う案があったが、使えない営業は要らないと木下さんが突っ撥ね、新宿の営業マン数名がリストラになりそうだという話だった。
木下さんの態度に新宿の淀川所長がご立腹になり辞めるって言いだして、正社員の事務の子も新宿以外なら通えませんとかって辞めるらしい。
「だから今、人事の上の人とか忙しそうだよ。うちの会社さ、9月の異動ってないのが普通なんだけど、今年はやるみたい。」
「・・・木下さんも凄い事言いますね?」
「そうなんだよー。淀川所長ってさ、今の社長と同期で入った人でさ、木下さんも今回ばっかはヤバイんじゃないの?って金ちゃんとも話してたんだよね。」
制服に着替え、オフィスに入ると穂積さんが何時ものようにパソコンの前で黙々と仕事をしていた。
「おはようございます。」
至って普通の部下のテンションで挨拶をする。
穂積さんはあたしに顔を向けて「おはよう」とだけ言った。
あたしはそれから給湯室に向かう。
ハァー穂積さんは普通だなー・・・緊張してるのはあたしだけか・・・。
「あ、金田さんおはようございます。」
「おはよー。今日あたしやるから良いよー。今日早起きしてお弁当作っちゃってー何時もより早く会社来たんだよね。」
「あ、じゃあ一緒にお弁当食べましょうよ。」
「勿論。」
うさぎちゃんのカップが、どうしてもクローズアップされる。
廊下から大きな足音が聞こえてきた。
振り返ると西野さんが凄い形相をしていた。
「木下さん、船橋に異動って!!」
「は?!」
「今、木下さんがミーティングルームから出てきて怒号上げて6階に下りてったの!『船橋に行くぐらいなら、こんな会社辞めますよ!』って!!」
「え?で、どうすんの?社長達は、淀川所長取って木下さん切るって事?!」
「そういう事でしょうよ。」
西野さんと金田さんの会話に、あたしも発言した。
「・・・穂積さんは木下さんの事、止めないんですかね?」
「あぁ・・・穂積さんかぁ。穂積さんもこれまで色々木下さんの事庇ってきたからねぇ・・・。今回はどうかな。」
「辞める事を止めたとしても、木下さんの船橋行きに変わりは無いからね、きっと。それは木下さんのプライドが許さないんじゃないの?」
8月30日、社内メールで大々的な異動が発表された。
9月30日を以て新宿営業所を閉所とす。それに係わる下記の者の配置転換が行われますので、お知らせ致します。
淀川晃一 新橋営業所長に就任(前 新宿営業所長)
水嶋 温 本社営業開発部長(前 新橋営業所長)
海藤博次 本社営業開発部主任(前 本社営業開発部長)
佐々木裕也 本社営業開発部(前 新宿営業所)
浅川竜彦 本社営業開発部(前 新宿営業所)
野宮小太郎 横浜営業所(前 新宿営業所)
斉藤慶介 西東京営業所(前 新宿営業所)
木下さんは本当に会社に辞表を出してしまった。
穂積さんにメールを送信した。
”木下の事については、色々思う事はある。”
それが返信だった。