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「好きなの。」
あたしは涙で霞んだその先に香水の小箱を見た。
「穂積さんが。」
「・・・ハァー・・・やべー今、俺の方見ないで。」
顔を上げてしまった。
穂積さんは顔を赤くして、腕を組み何処か全然違う場所を見ていた。
あたしはちょっと笑った。
今あたしの目の前に居るのは上司の穂積課長じゃなくて、ただの、あたしが恋をした男の人に過ぎない。
”言霊”なのかな。
『スキ』と言葉にしたら、少し楽になった。
その感情はさも昔からあったかの様に、あたしの中の当たり前の気持ちだった気さえしてきた。
10
カップの中で冷めてしまった紅茶を飲み干すのを躊躇った。
これを空けてしまえば、この時間が終わってしまう。
そう思うとカップを手にする事が出来なかった。
穂積さんが時計を見た。顔を上げる。
「・・・そんな顔しないでよ、青山。」
「え?」
「この後どっか食事にでも行く?」
「良いんですか?」
あたしは上気した。
穂積さんが笑う。
「青山は、思った事が結構顔に出るんだな。」
あたし達はデパートを出た。
見慣れた街に、あたしは急に怖くなった。
穂積さんから距離を置いて歩いた。
「青山?」
隣に居ないあたしに振り向く。
「・・・誰かに見られたら・・・。」
「俺は仕事で池袋に来た。青山は池袋で買い物。偶然会ったから食事をした。今日はそれで良いんじゃない?」
「・・・はい。」
良いのかな。変な噂が立ったら、穂積さんの立場が・・・。
「そういう挙動不審は、余計怪しまれる。」
穂積さんがあたしの横に立って、あたしの顔を覗き込んだ。
「・・・ですね。」
穂積さんがそう言ってるんだもん。そうだよ。
「明日仕事だし、俺も車だから、ちゃんと食事にしようか。」
「はい。」
駅から近いイタリアンのお店であたし達はご飯を食べた。
あたしがお店に入って、店内を見回したのは言うまでもない。
それにつけかえ穂積さんは凄く落ち着いて、昨日までのあたしに対する態度とそう変わりはない様だった。
・・・慣れてるのかな、こういう事。
会社の女の子と付き合った事がないだけで、彼女が居なかった訳じゃないんだろうな。
ってあたし、何でこんな日にもう下げる事考えちゃうんだろう・・・。
「・・・百面相だね、青山。」
「え?!」
「何か想像出来るけど。・・・かみさん以外の女の人と二人で食事した事はあるよ、正直言うとね。」
やっぱり・・・。
「信じてくれないかもしれないけど・・・。今日ほど、浮かれてる自分にちょっと吃驚してるよ。」
穂積さんが小さく笑った。
自然と、あたしも笑みがこぼれた。
あたしはフォークにスパゲッティを絡めた。
「食べ終わったら、青山の携帯教えて?」
「・・・はい!」
ここから、あたし達は始まる。
背負うべきものは沢山ある気がした・・・-。