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翌日あたしは特に予定もなく、池袋に出た。
デパートで買う気もない服を見て、香水売り場で立ち止まった。
美帆子さんも良い香りの香水使ってたな。
多分コレという香水をテスター紙に吹き付けた。
やっぱりコレだ。
あたしも香水つけようかなー。
女性向けの香水を幾つか、試してみた。
どれも良い香りだけど、どれが自分に合うのかは正直、判らなかった。
「あ。」
あたしは穂積さんの香水を見つけた。
暫く眺めて迷った挙句、キャッシャーに向かった。
「袋は要らない」とシールの貼られたミニチュアの香水をバッグに仕舞う。
浮足立つ自分を抑えきれない。
バッグの中が気になって、前を見ていなかったあたしは誰かとぶつかった。
あたしはバッグを手離してしまい、中身が床に散らばった。
「す、すみません!」
あたしは謝りながら、その誰かに目をやった。
その男の人は、先ずあたしが散らかした床の上の物を拾ってくれていた。
財布に携帯、黒い小さな小箱。
あたしも慌てて、しゃがみ込む。目が合った。
あたしの、持ち物を受け取ろうと出した手が止まる。
「穂積さん・・・何で。」
「青山。」
あたしは穂積さんの手の中の、小箱を真っ先に取り上げた。バッグに押し込む。
絶対見たよね。
気づいた?
「ごめんなさい、本当に。」
あたしは財布と携帯も取ろうとした。
穂積さんはあたしにそれを渡してから立ち上がった。あたしも立ったが合わす顔が無かった。
沈黙を見かねて穂積さんが口を開いた。
「買い物?」
「あ、はい。」
「もう帰るの?」
「あ、はい。」
「この後、時間ある?」
「あ、はい。」
あ・・・。今何て言ったの、穂積さん。
「そぉ、じゃあ、お茶しよう。おいで、青山。」
穂積さんの言葉は、絶対に聞こえた。
デパートの3階のティールームで、二人はテーブルを挟んで向かい合わせに座った。
足元にバッグを入れるバスケットがあったが、あたしは膝の上でバッグを抱えていた。
お店の人が紅茶を二つ運んできた。
効きすぎる冷房が、あたしの上がりきった体温を下げつつあった。
穂積さんも考えあぐねているようだった。
あたしの持ってたあの香水を見たからに違いない。
「穂積さんは今日はお買い物ですか?」
あたしが切り出した。
「ちょっと、やり残した仕事があって来たついでに・・・。傘を見てたんだ。」
傘。
穂積さんがあたしに傘を持ってきてくれた事が思い返される。
無理。こんな状況で穂積さんと対面してるなんて・・・。
あたしは固形シュガーをスプーンに乗せ、カップの中に沈めた。
熱い紅茶の中で、ゆっくりと形を溶かし、目には見えなくなった。
あたしはティスプーンを必要以上にカップの中で泳がせた。
解ければ良いな。あたしの気持ちも、誰にも見られなければ良い。
「さっきの香水・・・どうするの?」
あたしはカップを持つ手を止めた。
穂積さんは、テーブルの下に目をやっていた。
「ど、どぉって・・・。」
どう答えれば差し障りがなく話が済むのか、頭の中を回転させる。
スパイラルな状態だ。あたしは思考力も言葉も失った。
カチャ。
穂積さんがカップに触れる音がする。
「・・・傘を見てたんだ。」
あたしは穂積さんを見上げた。
カップが空中で行き先を探している。
「青山に似合う傘を見てた。」
青山に似合う?あたしに?
「買おうかどうしようか散々迷って止めた。」
「・・・・・・。」
「俺がそんな事していい立場じゃない、そうやって思い留めた。」
穂積さんがソーサーにカップを戻した。
「・・・でもあれ見たらさ・・・俺期待するよ?」
大きな右手で口元を隠して、あたしからは視線を避けた穂積さん。
”期待”って?
・・・嘘。
あたしの心臓は強く跳ねて、底知れぬ感情が湧き上がって、目頭が熱くなるのを感じずにはいられなかった。
本当なの?今、穂積さんが言った言葉?
「何か言って?青山。」
縋るような甘えるようなその表情。今あたしだけに向けられてる。
・・・本当じゃなくても良い。
嘘だって良いよ。
あたしの名前を呼んで。